【ワシントン=淵上隆悠】米国のドナルド・トランプ前大統領と、政権を離れて実業家として活動するイーロン・マスク氏との関係悪化が、減税法案を巡る激しい応酬を経て決定的となった。かつて「蜜月」とも呼ばれた両氏だが、5日には互いを非難し合い、その関係は急速に決裂へと向かった。この事態は、米国政治における有力な連携の一つが終焉を迎えたことを示唆しており、今後の両氏の動向が注目されている。
「大きく美しい法案」を巡る衝突
両氏の対立の火種となったのは、トランプ氏が主導する「大きく美しい法案」だ。この法案の主な内容は、所得減税の恒久化や、飲食店従業員が受け取るチップに対する税額控除などで構成されている。しかし、この法案が成立した場合、国の財政状況がさらに悪化するのではないかとの懸念が浮上している。マスク氏は以前、政府の効率化を目指す「政府効率化省(DOGE)」を率いる立場にあったこともあり、この法案に対して強く反対。「廃案」を求め、公然と批判の声を上げた。
経済予測の専門機関である米議会予算局(CBO)は、4日に公表した試算で、もしこの法案が成立した場合、2034会計年度までに財政赤字が2兆4162億ドル(日本円で約346兆円)増加する見込みだと指摘している。この客観的な数字は、法案が抱える財政リスクを明確に示している。
トランプ前大統領と実業家イーロン・マスク氏。減税法案を巡る対立で関係悪化が決定的となった両氏の様子を捉えた写真。
公開の応酬と相互非難
トランプ氏は5日、この法案には電気自動車(EV)への支援策を削減する条項が含まれているため、EV大手テスラを経営するマスク氏がこれに反発し怒っているのだという見方を記者団に示した。さらに、トランプ氏はマスク氏に対する「失望」を公に表明し、「イーロンとの関係は以前は非常に良好だったが、今後はどうなるか分からない」と突き放すような態度を見せた。
これに対し、マスク氏は自身のソーシャルメディア「X(旧ツイッター)」上で直ちに反論。昨年の大統領選において、自身の献金がなければトランプ氏は敗北していただろうと指摘し、トランプ氏を「恩知らず」だと強く非難した。トランプ氏も負けじと、自身のSNSアカウントで応酬。「支出を削減する最も簡単な方法は、イーロン氏への補助金や彼の経営する企業との契約を打ち切ることだ」と投稿し、マスク氏への圧力を示唆した。
関係悪化の背景と今後の見通し
両氏はわずか数日前、5月30日にマスク氏が政権内の非公式な顧問的立場を離れるのに合わせ、記者団の前で共に立ち、良好な関係性をアピールしたばかりだった。しかし、以前からマスク氏はトランプ政権の政策、例えば関税政策などに対して公然と異論を唱える場面も見られるなど、その立場には元々違いがあった。今回の減税法案を巡る意見の相違が、おそらく両氏それぞれが内心に抱え込んでいた不満を一気に噴出させるきっかけとなったものと見られる。
米国の主要メディアであるCNNは、今回の事態を「米政治において最も強力な同盟の一つが終わりを迎えた」と大きく報じた。実際に、両氏間の亀裂は非常に深く、今後その関係が修復されることは困難であるとの見方が強まっている。トランプ氏の強力な支持者グループである「MAGA」に絶大な影響力を持つスティーブン・バノン元首席戦略官は、5日付の米紙ニューヨーク・タイムズのインタビューで、南アフリカ出身のマスク氏を米国から国外退去させるべきだとまで主張しており、事態の深刻さを物語っている。かつて協力関係にあった有力者同士の決裂は、今後の米国政治の力学に少なからず影響を与える可能性を秘めている。
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