ロシアによるウクライナの町や都市へのミサイル・ドローン攻撃が相次ぎ、死傷者が出たことを受け、ドナルド・トランプ前米大統領は5月25日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領への不満を記者団に表明し、「私はこれまでウラジーミル・プーチンと非常に良好な関係を築いてきたが、彼に何かが起こったようだ」と述べた。さらに数時間後にはSNSに「プーチンは完全に狂ってしまった」と投稿した。超大国である米国の元大統領が、他の国の指導者を名指しで「狂人」と呼ぶのは極めて異例であり、特に相手が核保有国ロシアであることを考えれば、由々しき事態と言える。しかし、このトランプ氏の発言は、多くのメディアや国際関係者によって事実上ほぼ無視された。国内外の主要メディアが見出しで報じはしたものの、その記事には切迫感や緊張感、あるいは力強さが感じられなかったのだ。
演説台に立つトランプ大統領。ウクライナ情勢やロシアへの対応に関する発言は国際社会で影響力を失いつつある。
トランプ氏の「強い言葉」が響かない理由
トランプ氏の発言が国際社会に響かなくなった理由は単純である。それは、彼の言葉がもはや多くの人々にとって真剣に受け止められないからだ。「どうせ、トランプはプーチンの“しもべ”だから、大した制裁の動きは取らないだろう」という懐疑的な見方の表れとも解釈できる。プーチン氏に関するトランプ氏の言動は、打ち出しこそ派手だが、その後はまるで火の粉が散ってしぼむ花火のように尻すぼみになるのが常であると、人々は考え始めているのだ。彼が一時的に騒いでも、その後の具体的な行動が伴わないため、国際社会はしらけた目で見るだけになっている。
過去の米大統領との対応の対比
過去の米国大統領であれば、このような事態を受け、直ちにホワイトハウスで国家安全保障会議(NSC)を開催し、国務省、国防総省、CIA(中央情報局)に事態把握と警戒強化を指示しただろう。また、国連大使に命じ、国連の場での緊急安全保障理事会開催を呼びかけ、民主主義国家として同盟国と結束し、ロシア非難決議の採択に全力を尽くしたはずだ。少なくとも過去40年余り、共和党のレーガン氏から民主党のバイデン氏に至る歴代大統領は、民主主義を守り、権威主義的な独裁者を許さないという明確な視点を持ち、それを国の矜持としてきた。
トランプ氏に見られる具体的な行動の欠如
他方、トランプ氏がプーチン氏を「おかしくなった」と述べたのは、祝日のゴルフを終えてワシントンに戻る途中、同行記者団に捕まった際の、どこか気の抜けた場での発言であった。誰もが予想した通り、ワシントンに戻っても、国家安全保障会議が緊急開催される気配は全くなかった。そもそも、彼の政権下では、国家安全保障担当補佐官が更迭されたり、ホワイトハウス内のNSCが「大統領に楯突くディープステートの官僚がいる」として組織解体の途上にあったりと、大統領への提言集団から実行グループへと、規模も役割も大幅に縮小する動きが続いている。
さらに、トランプ氏はウクライナに対して、ロシア軍から身を守る高性能武器の緊急供与や大規模人道支援を発表することもなかった。記者団に対して「何らかの制裁を検討する」と述べたものの、欧州諸国の対ロシア追加制裁への参加には依然否定的であり、発言の翌日には「プーチン氏の様子を2週間ほど見守る」とトーンダウンさせた。これは、ロシアに対する具体的な行動を取る気が皆無であることを示唆している。
不行動から生まれる国際的な評価
プーチン氏におもねる姿勢が変わらず、「プーチンの得になること、有利になること以外は何もしない」というトランプ氏の路線を、国際社会の多くの人々はよく理解している。だからこそ、トランプ氏が一時的に強い言葉を発しても、それを真に受けることはなく、しらけた態度を取るのだ。一部の米民主党議員が揶揄するように、“腰抜けトランプ”としての側面が改めて浮き彫りになったと言える。
今回の「プーチンは狂った」という発言が国際社会に与えた影響の小ささは、トランプ氏の言葉と行動の間に存在する大きな乖離が、彼の国際的な発言力を著しく低下させている現状を明確に示している。言葉だけの強さでは、地政学的な現実や人々の信頼を得ることはできない。