ドイツ株が過去最高値、しかし経済は低迷…『贅沢病』とインフレが引き起こすパラドックス

ドイツ株の上昇が止まりません。米トランプ政権が4月3日に、いわゆる「相互関税」の導入を発表した際、ドイツ株も一時的に下落しましたが、その後は文字通りの“V字回復”を達成しました。ドイツを代表する株価指数であるドイツ株価指数(DAX指数)は、史上最高値を更新し続けています。ドイツ株の強さは今、世界でも群を抜いており、その動向が注目されています。

そもそもドイツの株価は、2024年半ばごろまでは過去のトレンド線に沿った緩やかな上昇でした。しかし、2024年後半からトレンド線を明確に上回り始め、2025年にはさらにその勢いを加速させています。この目覚ましい株価の好調さは、通常であればその国の経済の強さを反映していると考えられますが、ドイツの場合は事情が異なります。

ドイツ、ベルリンの高級百貨店前を行き交う人々。経済状況の一断面を示す光景。ドイツ、ベルリンの高級百貨店前を行き交う人々。経済状況の一断面を示す光景。

低迷するドイツ経済と『贅沢病』の兆候

残念ながら、現在のドイツ経済は極めて低調な状態にあります。予測機関によっては、今年も小幅ながらマイナス成長になると予想されており、もしそうなれば、ドイツのような主要先進国が3年も連続でマイナス成長となるという極めて異例の事態となります。

本来、このような市場環境では、ドイツ企業はコスト削減や事業再編(リストラ)を積極的に進める必要があります。しかし、ドイツでは法律によって労働者の権利が非常に厚く保護されているため、企業が柔軟なリストラを行うことは困難です。

経済界が強い危機感を抱いている一方で、労働組合側からは週休三日制の要求や最低賃金の大幅な引き上げ要求が出るなど、どこか経済の現実から乖離したような雰囲気も見られます。さらに、日本経済新聞が6月1日付の記事で報じたように、ドイツでは病欠が異常なペースで増加しています。これらの事実からうかがえるのは、ドイツ経済、あるいは社会全体に蔓延しつつある一種の“贅沢(ぜいたく)病”とでも言うべき状態です。これは、経済的な厳しさが増す中でも、過去の成功体験や保護された環境に安住し、構造改革が進まない現状を示唆しています。

株価上昇の背景にある高インフレ体質

経済が低迷し、“贅沢病”のような兆候が見られるにもかかわらず、なぜドイツの株価はこれほどまでに上昇を続けているのでしょうか。その背景にあるのは、ドイツ経済の構造的な高インフレへの転換です。

2015年の全国一律最低賃金制度の導入以降、ドイツでは賃金の上昇が物価の上昇を招き、さらにそれが賃金の上昇圧力となる、いわゆる賃金・物価スパイラル(※1)的な様相を強め、インフレ体質が定着し始めていました。

※1:物価の上昇が賃金の増加を招き、その結果、企業がコスト増を価格に転嫁してさらに物価が上昇するという負のサイクル。

とりわけ、コロナショック後の世界的な高インフレ局面で、ドイツ政府が最低賃金の大幅な引き上げを断行したことで、この賃金・物価スパイラルはさらに加速し、物価は一層ヒートアップしました。

さらに、ロシアとの関係が悪化し、安価なロシア産天然ガスをパイプライン(ノルドストリームなど)を通じて直接調達できなくなったことも、ドイツにおけるエネルギーコストの高騰とそれに伴う高インフレの定着につながりました。これに加えて、脱原発や再生可能エネルギーへの急速な転換を進めたことも、安定供給への懸念やコスト増を通じて、高インフレ体質をさらに促進した要因と考えられます。

このような状況下で、株価が上昇しているのは、企業の収益がインフレによって名目的に押し上げられている側面や、実質金利の低下期待などが影響している可能性が考えられます。しかし、それは経済の実態的な強さを反映しているのではなく、構造的な問題とインフレが複合的に作用した結果であると言えるでしょう。