17歳でのデビュー以来、60年以上にわたり日本の歌謡界を牽引してきた大物歌手、橋幸夫氏（82）。アルツハイマー型認知症との診断を受け、記憶や歌詞が徐々に失われつつある中でも、「歌いたい」という強い気持ちは決して揺るがない。病を乗り越えステージに立ち続ける大御所歌手を支えるチームの結束力と、彼らの知られざる覚悟に迫る。
歌手・橋幸夫氏が所属する「夢グループ」の石田重廣社長は、5月20日に橋氏がアルツハイマー型認知症であることを公表したことについて、「認知症を公表する前はどこか違和感を覚えていたお客さんの雰囲気が、一変しました。ステージに立つ橋さんに『頑張れ！頑張れ！』と声援が飛ぶんです」と語る。大スターの「最大のプライバシー」である病状を明かすことへの葛藤は大きかったが、ファンの温かい反応に触れ、「公表してよかった」と実感しているという。最近は公演後、ファンから「橋さんをよろしくね」と声をかけられ、手を握られる機会も増えた。橋氏自身も、同じ病を抱える人々を勇気づけたいという強い思いを持っている。
1960年に『潮来笠』でデビューして以来、NHK紅白歌合戦に19回出場するなど、昭和から平成にかけて輝かしい実績を残してきた橋氏。2023年には80歳を迎え、「体力の衰え、納得いく声が出にくくなっている」として一度は引退を表明したが、翌2024年4月に電撃復帰を果たした。しかし、復帰前の2023年夏頃から、同じ言葉を繰り返すといった症状が見られるようになり、同年12月には「中等度のアルツハイマー型認知症」と診断された。
医療ジャーナリストは、「認知症の進行度は大きく分けて4段階ありますが、中等度は重い方から2番目にあたります。家への帰り道が分からなくなったり、服のボタンのかけ方が分からなくなるなど、日常生活にも支障が出てきます。直近の記憶だけでなく、昔のことも忘れてしまうと言われています」と説明する。橋氏は約5年前から認知症の症状が現れ始めていたが、周囲のサポートを受けながら歌手活動を続け、大学で書画を学ぶなど充実した日々を送っていた。
しかし、今年2月頃からは症状が悪化し、ステージでのパフォーマンスは厳しさを増した。司会として登壇する石田社長がトークで場を繋ぎ、時には橋氏の発言にユーモアを交えながら切り返すことで公演を成り立たせていたが、状況は日々厳しくなっていたという。
最近では2曲続けて歌うことが難しくなり、ステージ上で話したいことを脈絡なく話してしまう場面もあった。客席の観客は橋氏の病状を知らないため、困惑した様子を見せたり、反応に困って拍手が少なくなったりすることもあった。「私も共演するほかの歌手たちも、『今日のコンサートは無事に終われるだろうか……』と、毎日ドキドキしていました」と石田社長は当時の心境を明かす。
体は元気で、話すことも好きな橋氏のために、楽屋を大部屋に変更した時期もあった。その際、橋氏が「社長、なんでおれがみんなと同じ楽屋なんだい？ これは“大衆部屋”っていうんだよ」と語る一幕もあり、スターとしてのプライドは失われていない様子だったという。
綱渡りのような状況でコンサートを続けていたが、先日行われた大阪公演でのパフォーマンスを見た石田社長は、「もう隠し通せない」と公表を決断。橋氏本人に代わり、「夢グループ」が会見を開き、病状を正式に公表するに至った。
公表後は、前述のように客席から温かい声援が飛ぶようになり、この変化は橋氏本人にも良い影響を与えている。前出の芸能関係者は、「橋さんは、『仕事がしたい』『みんなに会いたい』『お客さんと接したい』という思いが非常に強いんです。メロディーや歌詞は、長年の経験で体が覚えている部分もあるのでしょう」と語る。実際、会見後には「おれがたくさんテレビに出ていた。注目されているんだな」と奮起し、直近のステージでは4曲を熱唱するなど、歌への情熱と強い意志を見せている。
認知症という困難に立ち向かいながらも、歌い続けることを諦めない橋幸夫氏。彼の情熱と、それを支える周囲の人々、そして温かいファンとの絆が、今後の活動を支えていく原動力となるだろう。
歌手活動を続ける橋幸夫氏
橋幸夫氏を支える夢グループ石田社長と後輩歌手ZERO氏
