日中関係の急速な冷え込み:高市首相「存立危機事態」発言が招く波紋と日本の岐路

11月23日に閉幕したG20首脳会議で、高市早苗首相の笑顔は目立ったものの、その裏では不安が渦巻いていたのかもしれない。会議と同時期に自民党関係者に送られたメールには「後悔しています」との一文が記されており、これは台湾有事を巡る「存立危機事態」発言を指すとされる。この発言をきっかけに、日中関係は急速に冷え込み、高市政権は発足わずか1ヵ月で大きな試練を迎えている。

台湾有事を巡る「存立危機事態」発言と中国の猛反発

11月7日の衆院予算委員会で、高市首相が台湾有事は集団的自衛権を行使可能な「存立危機事態になり得る」と答弁したことが、日中関係悪化の決定打となった。翌8日には、薛剣駐大阪総領事が自身のSNSに過激な投稿を行い、中国側は日本への渡航自粛要請や水産物の禁輸措置を発表するなど、強い反発を示した。

ジャーナリストの高口康太氏によれば、中国のインターネット上では「高市早苗はバカだ」「日本はなぜ勝ち目のない戦いを仕掛けようとしているのか」といった批判的な投稿が相次いでおり、日本への旅行キャンセルも発生しているという。中国がここまで強硬な姿勢を見せるのは、高市政権の誕生による日本の右傾化を懸念していた習近平国家主席が激怒しているためと見られている。高市首相が発言を撤回しない構えを示していることから、中国による制裁は多方面に拡大する可能性が高いと指摘されている。

高市首相を避けるように顔をそむけた李強首相。『G20』の一幕は、両者の関係を象徴しているようだった高市首相を避けるように顔をそむけた李強首相。『G20』の一幕は、両者の関係を象徴しているようだった

長期化する「日中冷戦」と日本経済への影響

G20では中国の李強首相との接触が注目されたが、対話は実現しなかった。国際ジャーナリストの山田敏弘氏は、「日中冷戦」が長期化する可能性が出てきたと分析している。中国は11月24日に日中韓首脳会談への参加拒否を発表し、両国のトップが顔を合わせる国際会議は来年11月の「アジア太平洋経済協力会議」までない状況だ。中国の対抗措置は、この期間まで長引く可能性が高い。

中国国内では「愛国者は日本に行くな」という世論が形成されつつあり、来年の春節期間の訪日需要も冷え込みが予想される。野村総合研究所の試算では、今後1年間の日本経済への打撃は1兆7900億円に上る見込みだという。

高市政権の脆弱性と外交的孤立

自身の舌禍が国際問題に発展した高市首相は早急な対策を講じるべき立場にあるが、政権の脆弱さが足かせとなっている。ジャーナリストの鈴木哲夫氏によると、石破政権で幹事長を務めた森山裕氏のような、中国とパイプを持ち、調整役になれる右腕が高市政権には不在である。また、中国に明るい公明党との関係悪化も裏目に出ており、党内は「打つ手なし」と様子見ムードが漂っているという。

このような状況の中、中国は態度をさらに硬化させている。王毅外相は「レッドラインを越えた」と発言し、対抗措置の強化を示唆しており、日本にとって最悪のシナリオが現実のものとなりつつある。

迫り来る具体的リスク:経済制裁と物理的被害の懸念

中国による対抗措置は、経済制裁に留まらない可能性もある。山田氏の指摘によると、世界シェアの9割を中国が握るレアアースの輸出が禁止されれば、日本の半導体などの先端技術産業は大打撃を受けることになる。また、中国国内で日本人が拘束される危険性も高まっている。2010年には尖閣諸島沖での中国漁船と海上保安庁巡視船の衝突事故を受け、「ビデオ撮影をした」という理由だけで、ゼネコンのフジタの社員4人が拘束された事例がある。貿易制裁だけでなく、物理的な被害が発生する危険性も高まっているのだ。

衆議院解散・総選挙への影響

党内では、高市首相の高い支持率を背景に、早いうちに衆議院解散・総選挙に打って出るべきだという「1月解散説」が囁かれてきた。安倍晋三元首相の右腕であった今井尚哉参与や麻生太郎副総裁もこれを支持しているとされる。しかし、今回の国際問題は選挙戦略にも暗い影を落としている。

鈴木氏の分析では、高市首相の人気は高いものの、自民党全体の政党支持率は伸び悩んでいる。最近の宮城県知事選では自民党支援の現職が薄氷の勝利を収め、葛飾区議選では17人中7人が落選するなど、政治と金の問題を巡る不信感を払拭できていない。この状況に中国との確執による経済悪化が加われば、政党支持率はさらに伸び悩むことになり、解散に踏み切ったとしても議席増は厳しいと見られている。

発足1ヵ月で、高市政権は早くも正念場を迎えている。