米価の高騰が続き、政府が放出した備蓄米が各地のスーパーにも並び、消費者が買い求める列ができる状況が生まれている。農林水産省は、凶作や災害時のための備蓄米制度の運用ルールを見直し、今年2月には米価高騰を抑えるための放出を表明した。そのスピード感を重視する姿勢が示されているが、本来の用途とは異なる理由での大規模放出が続くことについて、食料安全保障の観点から疑問の声が上がっている。
備蓄米本来の目的と現状の水準
備蓄米は、そもそも不測の事態、特に国内での大幅な凶作や大規模災害が発生し、米の供給が滞るような緊急時に備えて国が積み立てているものである。農林水産省は、こうした事態に対応できるよう、年間需要の2カ月分に相当する約100万トンを「適正備蓄水準」としている。しかし、今年1月時点での全国の備蓄量は約91万トンにとどまっていた。
相次ぐ放出と不透明な補充計画
米価高騰を受け、政府はまず競争入札を通じて計31万トンの備蓄米を放出。さらに、小泉進次郎新農林水産相のもとで入札方式が随意契約に変更され、新たに計30万トンの放出が決定された。小泉農水相は放出規模について「需要があれば無制限に出す」と述べており、6月10日にはさらに20万トンの追加放出を表明した。これにより、残る備蓄米は約10万トンとなる計算だ。本来、入札で放出した備蓄米は、同量を落札業者から国が買い戻す要件があるが、この買戻し期間が原則1年以内から原則5年以内に変更されており、備蓄の補充がいつ、どのように行われるか不透明な状況となっている。
備蓄米の供給状況を確認するため販売店を視察する小泉農水相
専門家が警鐘を鳴らす理由
九州大学大学院の渡部岳陽准教授(農業経済学)は、一連の備蓄米放出について懸念を示している。渡部准教授は、「備蓄米はそもそも緊急事態の備えとしてためているもの。仮にこの先、有事が起きた際にどう対応するのかについてはあいまいなまま、大盤振る舞いで放出している印象です」と指摘する。特に、補充が不透明な中で残量10万トンという状況は危ういと警鐘を鳴らす。農水省は2025年産の主食用米の生産量が前年産から40万トン増えるとの見通しを示しているが、渡部准教授はこれだけでは適正備蓄水準の100万トン確保に十分ではなく、かつ市場への供給も必要となるため、備蓄と市場供給の両立は難しいと見ている。逆に備蓄を優先すれば市場でのコメ不足を招く可能性も指摘する。もし2025年産のコメが凶作となれば、備蓄米で不足分を補うことができず、価格急騰にとどまらず店頭からコメが消える事態すら招きかねないとの強い懸念を示している。
緊急輸入の可能性にも言及
こうした状況を踏まえ、小泉農水相は6月6日、コメの緊急輸入の可能性についても言及した。「あらゆる選択肢を持つ。聖域はない」と発言しており、国内供給が困難になった場合の手段にも言及している。
まとめ
米価高騰への対応として備蓄米の大量放出が進められている。これは喫緊の価格安定策としては一定の効果が期待されるかもしれない。しかし、九州大学大学院の渡部准教授をはじめとする専門家は、この対応が備蓄米本来の目的である不測の事態への備えを大きく損なう可能性を指摘し、将来的なコメ不足や食料安全保障に対する強い懸念を表明している。備蓄の速やかな補充が不透明な現状において、食料安全保障の観点からの具体的な戦略と実行が今後の重要な課題となる。