職場の信頼関係は、互いに「被信頼感」があるかどうかで大きく変わります。「部下から信頼される上司でありたい」と願う方は多いでしょう。しかし、信頼は相互の関係で成り立ちます。では、あなたは「部下を信頼」できているでしょうか。そして、部下は「自分は上司から信頼されている」と感じているでしょうか。最新の調査により、日本の職場の信頼関係における課題が明らかになりました。
最新調査で判明:職場の信頼関係「片思い」の実態
パーソル総合研究所が九州大学・池田浩研究室と共同で、国内5つの組織に所属するリーダー304名、メンバー1848名を対象に実施した「上司と部下の信頼関係に関する調査」は、日本の職場の現実を浮き彫りにしました。調査結果によると、上司と部下の関係性のうち、実に52.4%が部下の「片思い」であることが判明しました。これは、部下は上司を信頼している一方で、上司は部下を十分に信頼していないという、一方通行の関係が全体の半数以上を占めていることを意味します。
職場で上司と部下が会話する様子(イメージ)
「信頼のらせん」構造:相互の「被信頼感」が鍵
同調査では、3カ月後に同じ対象に再調査を実施し、信頼関係の変化とチームのパフォーマンス(業績)、そして「はたらく幸せ」の実感との関連を分析しました。その結果示されたのが、新たな「信頼形成モデル」です。このモデルでは、信頼する・されるという関係に加え、相手から信頼されていると感じる「被信頼感」が加わることで、信頼関係がらせん状に深化していくことが示されました。
互いが信頼し合っている関係では、3カ月後には関係性がさらに深まり、業務成績やメンタル面にもプラスの影響が見られました。対照的に、信頼が一方通行であったり、相互に信頼が成立していなかったりする関係では、時間とともに悪化していく「負のらせん」に陥る傾向が明らかになっています。相互に「被信頼感」を育むことが、職場を良好な状態に保ち、パフォーマンスを高める上で極めて重要であることを、この調査は示唆しています。
テレワーク・働き方の変化がもたらす課題
近年のフレックスタイム制やテレワークの普及も、上司と部下の信頼関係構築を難しくしている一因です。以前は、オフィスで机を並べていれば部下の仕事ぶりをある程度把握でき、安心感につながりました。しかし、働き方の多様化によりメンバーとの直接的な接点が減少し、関係性が希薄になりがちです。また、飲み会などの非公式な懇親機会の減少も、上司にとって部下が「見えない」「知ることができない」存在となり、信頼関係の構築を一層困難にしています。
このような環境変化は、部下にとっても「被信頼感」を得る機会を減らしています。例えば、会議で部下の提案を却下した場合、以前なら会議室から席に戻る際に「次は期待しているよ」と声をかけるなど、さりげなく部下の被信頼感をつなぎとめることができました。しかし、オンライン会議では終了と同時に退出することが多く、こうした細やかなフォローの機会が失われつつあります。
「安心」と「信頼」の違い:社会心理学者の指摘
変化した環境を受け入れることは必要です。新しいツールが導入されるたびに、上司は「部下の仕事ぶりが見えなくなった」と感じてきましたが、それを乗り越える工夫を重ねてきました。そもそも、以前の職場環境下で、上司は本当に部下を「信頼」できていたのでしょうか。それとも、単に部下の姿が目視できたから「安心」していただけなのでしょうか。
社会心理学者の山岸俊男氏は、その著書『信頼の構造』の中で、「安心」と「信頼」は根本的に異なると指摘しています。山岸氏によれば、安心とは「相手が裏切らないと確信できる状況(契約や監視システムなど)が整っているために生じるもの」です。一方、信頼とは「裏切られるリスクがゼロではないにもかかわらず、相手に委ねる行為」を指します。
これは部下の側にも言えることです。以前は上司の働きぶりや振る舞いを直接見て、それに倣うことで安心感を得ていました。口数が少なくても、自分の言動に対する反応がリアルタイムで見えたからです。しかし、今は「姿が見えるから安心できる」時代ではなくなりました。安心感が減り、些細な行き違いから信頼が損なわれやすくなっています。反応が見えない、あるいは見せられない状況だからこそ、意識して信頼を示すコミュニケーションが必要になっています。
見えない時代に必要な「信頼」の伝え方
たとえ今、部下から信頼されているように思えても、それは「安心」に基づいている可能性があり、いつか損なわれるかもしれません。自分の側からの「信頼」を示す行動がなければ、関係は冷めてしまうリスクがあります。上司が部下を信頼しているつもりでも相手に伝わっていないならば、それをきちんと示す努力が必要です。「自分は上司から信頼されているのだ」という実感は、部下の仕事のモチベーションを高め、成長意欲に直結する重要な要素だからです。
具体的には、部下に仕事を依頼する際に「前回の対応を見て、今回も安心して任せられると思った」といった、信頼に基づいた理由を具体的に添えることが有効です。これにより、部下は自分が信頼されていることを実感しやすくなります。逆に、「任せた」と言いながら細かく指示を出したり、過度に頻繁に進捗を確認したりする行為は、部下に「本当は信用されていないのでは」という不安を感じさせ、被信頼感を損なう可能性があります。見えにくい時代だからこそ、言葉と行動で「信頼」を積極的に示すことが、より重要になっています。
互いに信頼し、「被信頼感」を感じられる関係を築くことこそが、現代の多様な働き方に対応し、チームと個人の健全な成長を促す鍵となります。
参考文献:
- パーソル総合研究所・九州大学 池田浩研究室共同調査「上司と部下の信頼関係に関する調査」
- 山岸俊男『信頼の構造』東京大学出版会
Source link:
https://news.yahoo.co.jp/articles/caaef8c69d3cfd49f71426f94f978d80ff7514f9