共働きが「当たり前」の時代に、専業主婦が直面する生きづらさ

現代社会において、共働き世帯の増加はもはや避けられない潮流となっています。特に日本では、2019年にはフルタイム勤務の共働き世帯数が初めて専業主婦世帯数を上回り、この傾向はさらに顕著になっています。働き続けることが「当たり前」となった今、伝統的な専業主婦という生き方を選んだ、あるいは選ばざるを得なかった女性たちが直面する「生きづらさ」が増しています。社会構造の変化と個人の選択の間で揺れる専業主婦たちの現状と課題に迫ります。

統計で見る日本の家族像の変化

総務省「労働力調査」や厚生労働省「労働白書」が示す統計データは、共働き世帯が専業主婦世帯を大きく上回っている現状を明確に映し出しています。2023年には共働き世帯が1278万世帯に達し、専業主婦世帯(517万世帯)の約2.5倍となりました。パートタイム勤務の共働き世帯の増加も目立ちますが、フルタイム勤務の世帯だけでも専業主婦世帯数を凌駕しています。かつては結婚や出産を機に退職する女性が多数派でしたが、近年のデータでは、第1子出産後に退職する妻の割合が大幅に減少し、出産後も働き続けることが社会全体の「当たり前」になりつつあります。この統計的な変化は、日本の家族のあり方や女性の役割に関する価値観が、急速に変化していることを示唆しています。

共働きが主流の時代における専業主婦の現状や課題を象徴する写真共働きが主流の時代における専業主婦の現状や課題を象徴する写真

当事者の声:社会の期待と個人の葛藤

こうした社会の変化の中で、専業主婦として生きる女性たちはどのような思いを抱えているのでしょうか。

京都府に住む45歳の専業主婦の女性は、30代半ばで結婚した際に「寿退社」を選びました。10年以上勤めた会社での疲労や、自身の母親が専業主婦だったことから、働き続けるイメージが持てなかったためです。しかし、退職を報告した際の周囲の反応は冷ややかなものでした。「やめて何するの?」「専業主婦なんてバカになるよ」「子どもができてからやめればいいじゃない」といった言葉に加え、当時は待機児童問題が深刻化し、「働く女性を応援する」社会的な雰囲気が高まっていた時期でした。彼女は「なんだか私も死ねって言われている気がしました。そんなに悪いことをしているのかな、と」と当時の心境を振り返ります。夫の勤務時間に合わせて生活できることや、家の中をきれいに保ち、両親の介護もできることに「自分自身に安心している」と言う一方で、キャリアを積んだり子育てに励んだりする学生時代の友人たちとの間には「共通の話題がないんです。どんどん距離ができている気がします」と孤独感を滲ませます。

また、愛知県の58歳の女性は、大学院修了後に食品会社で製品開発に携わっていましたが、夫の転勤が多く、子どもが病弱だったため、退職せざるを得ませんでした。現在は専業主婦として生活していますが、彼女は「今も、すごく働きたいです。自分で自分のことを『もったいない』って思ってしまう」と語り、自身の能力や経験を活かせない現状への葛藤を抱えています。これは、個人のキャリア願望と、家族の状況や社会構造との間で生じるジレンマの一例です。

社会的な期待の変化と「理想の家族像」

跡見学園女子大学の石崎裕子准教授(社会学)は、官民を挙げて推進される「女性活躍」が、正社員同士の共働きカップルを「理想の家族モデル」として定着させつつあると指摘します。かつて専業主婦であることが女性の幸せとされた時代から、「仕事も結婚も子どもも、全部そろって幸せ」というイメージへと社会の価値観が変化していると分析します。この新たな「理想像」は、働く女性たちだけでなく、専業主婦という選択をした女性たちにも、焦りや葛藤として降りかかっています。社会全体の期待が変化する中で、個々人がどのような生き方を選択し、そこにどのような価値を見出すのかは、ますます複雑な課題となっています。

結論:多様な生き方が尊重される社会へ

共働き世帯が多数派となり、働くことが「当たり前」とされる現代社会において、専業主婦という生き方はかつてないほどの社会的な圧力や内面的な葛藤に直面しています。統計データが示す家族構造の変化に加え、当事者の声からは、社会の期待とのずれや孤独感、キャリアへの未練といった複雑な感情が浮かび上がります。女性活躍推進が進む一方で、「理想の家族像」が画一化されることへの危惧も存在します。専業主婦という選択が、他の多様な生き方と同様に尊重され、個々人が自身の状況や価値観に基づいて自由に働き方や家族のあり方を選択できるような社会の実現が求められています。

参考文献:

  • 総務省 労働力調査
  • 厚生労働省 労働白書