「日本のコメは大丈夫だ。輸出で取る分の方が絶対大きい」。これは、かつて自民党の農水族として影響力を持った松岡利勝元農林水産大臣の言葉である。彼はさらに、「農業を改革しなければ、農民の基盤そのものがなくなってしまう」と警鐘を鳴らした。この指摘は、今日の日本の農政、農業協同組合(JA)、そして農林水産省が直面する課題の本質を突いている。時代は大きく変化し、農業を取り巻く環境も激変しているにもかかわらず、依然として旧態依然とした構造と発想から抜け出せずにいるのが、現在の日本の農業が抱える問題である。本記事では、自民党の農業政策と、それにまつわる政治的力学を掘り下げながら、日本の農業問題の核心に迫る。
森山裕幹事長の「財源なき」農業対策提案とその裏側
2025年6月7日、盛岡市で行われた講演で、自民党の森山裕幹事長は、農業の生産性向上を目指した田んぼの大区画化、IT技術の導入、そして輸出促進のための予算として、党内で2兆5,000億円規模の対策で合意し、総理や農林水産大臣に申し入れたことを明らかにした。この提案は一見、日本の農業を将来へ向けた前向きな取り組みに見える。
日本の農業協同組合(JA)の将来像と構造改革の必要性を示す画像
しかし、この発言には無視できない問題点が潜んでいる。森山氏はこれまで、消費税減税に対しては財源の裏付けがないことを理由に終始慎重な姿勢を崩さず、いわゆる「103万円の壁」の見直しや、ガソリンの暫定税率廃止といった国民負担の軽減策にも消極的な立場を取ってきた。このような人物が、自身の影響力が強く及び、自身の票田ともなり得る農業分野に対しては、巨額の予算投入を積極的に推進する姿勢を見せるのである。この、国民全体の利益よりも特定の業界や支持層への利益誘導を優先しているのではないかという疑念を抱かせるような二重基準の態度は、財政規律の重要性を説きながら、特定の分野には手厚く資金を配分するという矛盾を露呈しており、多くの国民の理解を得られるものではないだろう。
「コメは国産」発言に象徴される内向きな保護主義
森山氏は同講演で、米価高騰の状況に触れ、「コメの流通のあり方について検証しなければなりません」と述べつつ、「主食であるコメを外国に頼ってはいけないと思います。何としても国産で、国民の皆さんに安心していただける農業政策を打ち立てていくことが本当に大事だと思っております」と強調した。この発言は、国民の食料安全保障を懸念する責任ある政治家としての言葉のように聞こえるかもしれない。
その一方で、自民党全体としては農産物の輸出を積極的に推進しようとしているのが現状である。国際貿易においては相互主義が原則であり、日本だけが輸出を拡大し、輸入は一切行わないという姿勢は国際社会では通用しない。森山氏のような農水族の有力者が、この基本的な国際経済の原理を理解していないはずはない。とすれば、「コメだけは外国に頼らない」という言葉は、国内の農業保護を強く求める層に向けた一種のガス抜きであり、日本の農業が真に必要としている国際競争力強化や構造改革から国民の目を逸らさせるための修辞である可能性が拭えない。このような内向きで保護主義的な発想こそが、長年にわたり日本の農業が持つ潜在的な可能性を狭め、結果として国際市場における競争力を削いできた根源ではないだろうか。
結論:構造改革なき予算投入の限界
松岡元農水大臣が指摘したように、日本の農業は構造改革なしにはその基盤を失う危機に瀕している。森山幹事長の提案に見られるような、巨額の予算投入は短期的な対策にはなり得るが、日本の農業が抱える根本的な構造的問題、すなわち、高齢化、後継者不足、生産性の低迷、そして国際競争力の弱さといった課題を解決するものではない。票田確保のための保護主義的な政策や、真の改革を伴わない予算配分は、国民負担を増やしつつ、日本の農業の持続可能性をさらに損なうだけである。日本の農業が将来にわたって国民の食を支え、国際市場で競争していくためには、政治的な思惑を超えた、大胆かつ痛みを伴う構造改革が不可避である。