アルゼンチンでは、ハビエル・ミレイ大統領による急進的な経済改革が進められていますが、これに伴う物価高や緊縮財政は国民生活に大きな影響を与えています。筆者の現地での滞在中に見聞きした市民の声や政治集会の様子からは、国民のミレイ大統領への複雑な感情と、伝統的な野党勢力の勢いのなさという対照的な状況が浮かび上がってきました。
国民のミレイ大統領への複雑な視点
アルゼンチン国内では、ミレイ大統領の政策そのものに対する批判よりも、その外見や態度への嫌悪感を理由に挙げる声がしばしば聞かれました。3月22日、ワイン産地メンドーサで出会った36歳の大学教員は、インフレ抑制は評価するものの、ミレイ氏を「最悪のクレイジーな大統領」と呼び、改革は富裕層を利する一方で貧困層を苦しめていると訴えました。ペロン党政権で予算の半分を占めた貧困対策費をミレイ政権はほぼ全廃。インフレは収束傾向も物価高止まり、年金据え置きで高齢者は困窮。年金生活者のデモが目撃され、老人デモ隊と機動隊の小競り合いも報道。
また、3月24日にはメンドーサ市内の公園で、レストランを経営する夫を持つ女性に話を聞く機会がありました。彼女は物価高による食材費の高騰が経営を圧迫していると嘆きつつ、政策自体への意見は特になく、「極端な言動や傲慢な態度が大嫌い」。ショック療法で生活は苦しいが、構造改革への期待も。アンチ・ミレイの理由は、政策自体より風貌（長髪、モミアゲ）、言葉遣い、不遜な態度など、外見や人格に関わるものが圧倒的と推測されます。
アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領の肖像。国民の間で賛否両論がある彼のリーダーシップが注目されています。
勢いを欠く野党の反政府集会
先に見たブエノスアイレス「5月広場」での左派集会同様、各地の集会も活気を欠き、市民は無関心に素通り。3月24日メンドーサ中心部のサン・マルティン広場。ペロン党（正義党）の若者約30人が音楽に合わせシュプレヒコール。「記憶、真実、正義」（軍事政権によるペロン主義者暗殺問題）と「ノーモアIMF」（緊縮財政反対）のスローガン。5月広場同様の内容。
4月17日、アルゼンチン北西部のサン・サルバドル・フフイの中心ベルグラーノ広場では、「無力な司法は司法ではない」「独立した正義の執行を要求する」など勇ましいスローガンが並ぶバナーが掲げられていました。しかし現場は古参ペロン党員の年金生活者3人だけ。仲間内でのお喋りのみで、訴える意欲なし。フフイ司法当局による軍政期ペロン党員暗殺問題放置を糾弾するバナーも、老人活動家からは本気度感じられず。このように、国民生活が苦しさを増す中でも、伝統的な野党勢力の抗議活動は勢いを欠き、広く国民の支持や関心を集めるには至っていない現状が伺えました。
今回のアルゼンチンでの観察から、ミレイ大統領の急進改革は国民生活に困難をもたらすが、批判は政策より個人的側面に向けられがちな傾向が伺えます。同時に、国民の不満を受け止めるべきペロン党や左派など伝統的野党は、過去の歴史問題や定型スローガンに留まり、国民の現状から乖離。この対照的な状況は、現在のアルゼンチン政治の複雑さと今後の不確実性を示唆します。
参照： 物価高のアルゼンチン・チリ、長距離バスで巡るラテン世界貧乏旅 第3回 Wedge (Yahoo News Japan掲載)
