「あなたの妊娠・出産がネックとなりました」――2月、東日本にある国の地方機関で働く30代の女性は、直属の上司からそう告げられ、言葉を失った。国家公務員の組織でありながら、マタハラともとれる発言に衝撃を受けたという。この女性は、専門職の資格を持ち、キャリアアップを目指して2022年4月に「期間業務職員」として現在の職場で採用された。期間業務職員は、中央省庁やその地方機関で1年単位の契約で働く非正規の公務員だ。彼女は専門職としての矜持を持ち、自身の知見を活かせる業務に日々従事していた。
妊娠判明、立ちはだかる「前例がない」の壁
働く中で、昨年8月に妊娠が判明した。翌月、女性は直属の上司に、出産予定が今年4月であること、仕事の引き継ぎが必要なこと、そして産休・育休を取得して仕事を続けたいという意思を伝えた。国家公務員育児休業法などでは、期間業務職員を含む非正規公務員も産休・育休の取得が認められており、妊娠や出産を理由とする不利益な取り扱いは禁止されている。女性はこれらの制度を知っており、当然、産休・育休を取得し、契約も更新されるものと考えていた。しかし、上司からは予想外の言葉が返ってきた。「前例がない」。過去に同じ職場で妊娠した女性はいたが、いずれも契約を更新せず辞めていったというのだ。その後も女性が尋ねても、上司は「初めてのことなので」と言葉を濁すばかりで、具体的な対応を示さなかった。
出産直前に突きつけられた「公募」という名の再試験
年が明け、出産予定日が迫る中で、女性は改めて契約更新について上司に確認した。すると、「4月からの更新は4月から働いていることが条件」と告げられた。「更新できない」とは直接言わないものの、4月に出産を控えている女性に対し、事実上「更新できない」と伝えているに等しかった。非正規公務員は、勤務実績などが認められれば継続して働くことが可能だ。女性が本省に問い合わせたところ、「更新相当」との判断が示された。しかし、直属の上司は諦めなかった。今度は新たな理由を持ち出してきたのだ。
「4月から勤務時間や曜日など勤務条件等が変わるため、公募をかける必要が出てきた。今回は『契約更新』ではなく『公募』という形になった。やる気があるなら、あなたも受ける資格があるので受けてほしい」――つまり、継続して働くためには、改めて採用試験を受け直せという要求だった。「4月から出産でいなくなるとわかっている私が、試験を受けて受かるんですか?」と問う女性に、上司は「それは組織が判断するのでわかりません」と答えるのみだった。そして、続いて上司の口から出たのが、冒頭の「妊娠・出産がネックとなった」という言葉だった。妊娠・出産の時期が契約更新のタイミングと重なったことが、継続雇用の障壁となったと説明されたのである。
妊娠と仕事の両立、非正規雇用の不安を抱える女性のイメージ
再び働くためには試験を受けるしかないと判断した女性は、臨月の体で筆記試験を受け、面接に臨んだ。3月末には無事採用通知を受け取り、4月中旬に出産。6月中旬から育児休業に入った。今は落ち着きを取り戻しつつあるものの、来年3月に契約が更新されるかどうかわからないという根本的な不安は解消されていない。
「年度末に休む人の雇用は更新できない」地方自治体の実情
産休・育休を希望したら雇い止めに遭う――。こうした事例は、国の機関だけでなく、自治体でも頻繁に起きている。国や自治体で働く非正規公務員らでつくる団体「VOICES(ヴォイセズ)」が3月にオンラインで行った「非正規公務員妊娠・出産に関してのアンケート」には、各地から複数の回答が寄せられた。そのうちの一人は、地方自治体の「会計年度任用職員」として働く女性だ。会計年度任用職員は、都道府県や市区町村の役所などで働く非正規地方公務員のことで、期間業務職員と同様、単年度ごとの契約更新が基本となっている。
この女性も、3月の出産を控え、上司に産休・育休の取得を申し出た。すると、上司からは驚くべき言葉が浴びせられた。「年度末に休む人の雇用は更新できない」と雇用継続を拒否されただけでなく、「夫に養ってもらえばいいじゃないか」といった心無い発言までされたという。最終的には、妊娠や産休・育休の申し出とは全く関係のない「勤務態度に問題があったので契約更新できない」という理由を後付けで告げられ、雇い止めに追い込まれた。
まとめ:法制度があっても現実には立ちはだかる壁
非正規公務員の妊娠や出産、育児休業の取得を巡っては、法制度上は権利が保障されているにも関わらず、実際の現場では「前例がない」「仕事のネックになる」「年度末の休みは困る」といった理由で契約更新を拒否されたり、理不尽な再試験を課されたりする事例が多発している。これは、安定した雇用を求める非正規公務員にとって深刻な問題であり、法制度の形骸化やマタニティハラスメントの温床となっている現状を示唆している。個々の努力や能力とは無関係に、妊娠・出産が雇用の継続を危うくする現実に対し、組織として、社会として、より実効性のある対策と意識改革が求められている。