朝ドラ「あんぱん」に登場する八木信之介上等兵（演：妻夫木聡）は、主人公・柳井嵩（演：北村匠海）の過酷な軍隊生活における心の支えとなっています。しかし、やなせたかしさんの実体験に基づくとされる嵩の物語の中で、この八木という人物は果たして実在したのでしょうか？その正体と、ある名作戦争映画との関連性について深掘りします。
柳井嵩の戦争体験は史実に基づいている
柳井嵩の軍隊体験の多くは、原作者であるやなせたかしさんの著書『ぼくは戦争が大きらい』などに記された実体験とほぼ一致しています。班長の世話や馬の手入れ、幹部候補生試験での下士官格下げ、中国での宣撫班、紙芝居制作、古兵からのビンタなど、過酷な実体験の描写は克明です。これらのエピソードは、史実に基づいた嵩の過酷な状況をリアルに描いています。
八木上等兵は実在しない創作キャラクター
史実に基づいた嵩の軍隊生活が描かれる一方で、八木信之介という人物に関する記述はやなせさんの著書には見当たりません。暴力を嫌う八木と対照的に、やなせさんの実際の戦友は「鬼」と称される人物だったため、八木上等兵はドラマにおける創作上の人物であると考えられます。
朝ドラ「あんぱん」軍服姿の柳井嵩（北村匠海）、中国でのワンシーン。やなせたかしさんの戦争体験が元になっている。
名作映画「兵隊やくざ」の有田上等兵との類似性
しかし、八木には原型と思わせるほど酷似した人物がいます。それは、勝新太郎さんが主演した1965年の名作映画「兵隊やくざ」に登場する有田上等兵（演：田村高廣）です。八木と有田には多くの共通点が見られます。どちらも主人公（嵩/大宮貴三郎）を徹底的に庇護したこと。当時としては珍しく大学卒であったこと。幹部候補生試験の合格を避けようとしたこと。班長と同期で対等に話せたこと。暴力を嫌う性格。寝台でよく本を読む姿。そして、ややニヒルな雰囲気まで共通しています。
ドラマ制作における真実味の追求とオマージュ
80年近くを経て当時の軍隊を正確に再現するのは容易ではありませんが、「あんぱん」は可能な限り真実味を追求しており、その過程で「兵隊やくざ」のような名作戦争映画を参考にオマージュを込めている可能性が高いです。これは単なる借用ではなく、戦後の日本映画史における金字塔とも言える作品への敬意を示しているのでしょう。
井伏鱒二が繋ぐ特別な関係性
八木が創作であることから、嵩と井伏鱒二を結ぶエピソードもまた創作でしょう。入隊間もない嵩が持参した井伏の『厄除け詩集』が古兵に見咎められ、破られそうになった際、八木が無言でそれを止め、懐かしむように眺めるシーンは印象的です。この場面は、八木が嵩にとって精神的な支えとなるだけでなく、井伏鱒二という存在が二人の関係性において極めて重要な意味を持ち続けることを示唆しています。
結論
朝ドラ「あんぱん」に登場する八木信之介上等兵は、やなせたかしさんの実体験にはない創作キャラクターでありながら、名作映画「兵隊やくざ」の有田上等兵と多くの点で共通しています。これはドラマが史実の過酷さを描きつつ、文化的なオマージュも取り入れていることの表れと言えるでしょう。八木は、戦争という特殊な環境下で主人公・嵩を支える重要な存在として、物語に深みを与えています。
参考文献
週刊新潮
