和歌山県で2020年夏に発生した男性2名の痛ましい入水死亡事案。当初、所持品や遺書の内容から自殺と判断されたこの出来事が、今、驚くべき展開を見せている。大阪府警は、死亡した男性らが「創造主」と絶対的に信じ込まされていた女占い師とその信者らを、自殺教唆や遺書偽造の容疑で逮捕したのだ。これは単なる個人の悲劇ではなく、異様な集団生活と乱婚が横行していたカルト的な“サークル”が深く関与した組織的な犯罪として、その実態が明るみに出つつある。日本社会におけるこうした支配的な関係性や閉鎖的なコミュニティの問題点が改めて浮き彫りになっている。
謎多き和歌山での発見:入水偽装の疑念浮上
事の起こりは2020年8月1日早朝。和歌山県有田郡広川町の静かな樫長海岸で、早朝のランニング中の住民により、2名の男性が波打ち際に倒れているのが発見された。発見時、会社員の寺本浩平さん(当時66)とアルバイトの米田一郎さん(当時51)は、ともに衣類を身につけており、最も特異的だったのは、寺本さんの左手首と米田さんの右手首が一本のマイクコードで固く結ばれていたという状況だ。
司法解剖の結果、死因は溺死と断定された。また、遺体からは鎮痛剤成分が検出されている。現場からは、発見の2日後に寺本さん名義の遺書とみられる文書が見つかった。「コロナ不況で全く仕事が取れなくなり、私の夢は打ち砕かれました」「一郎さんと旅立つ私をどうぞお許しください」などと記され、日付は2020年7月30日、寺本さんの署名が入っていた。これらの状況証拠から、当時の和歌山県警は事件性は低いと判断し、合同での入水自殺として処理を進めた。
しかし、その後の捜査や関係者からの新たな情報提供などにより、この出来事が単純な自殺ではなかった可能性が濃厚となった。「入水自殺に擬装された事件」として、事態は急変するのである。
和歌山県有田郡広川町 樫長海岸の入水事件現場の海
「創造主」の支配:カルト的集団における自殺教唆と遺書偽造の実態
約4年半の時を経て、今年3月11日、大阪府警による一斉捜査が行われ、事件の核心に迫る逮捕劇が繰り広げられた。大阪府河内長野市を拠点に活動していた占い師、濱田淑恵容疑者(62)が逮捕されたのだ。さらに、濱田容疑者の熱心な信者とされる滝谷奈織容疑者(59)と寺﨑佐和子容疑者(47)も同時に逮捕された。濱田、滝谷の両容疑者には、寺本さんと米田さんに対する自殺教唆の疑い、そして濱田、寺﨑の両容疑者には、寺本さん名義の遺書を偽造した有印私文書偽造および同行使の疑いが持たれている。
捜査関係者によると、死亡した寺本さんと米田さんもまた、濱田容疑者のことを「創造主」であると盲目的に信じ込み、その強固な精神的支配下に置かれていたという。濱田容疑者は、信者たちに対し独特の教義に基づいた指導を行い、その指示は彼らの日常生活から生死に関わる判断にまで及んでいたとされる。逮捕容疑となっている入水当日、濱田容疑者と滝谷容疑者は現場となった和歌山県有田郡の海岸に同行しており、濱田容疑者の直接的な指示を受けた滝谷容疑者が、被害者二人の手首をマイクコードで結んだと供述している模様だ。さらに、発見された遺書は、入水事件の2日後に、濱田容疑者の指示を受けた寺﨑容疑者が作成・偽造したものだったことが明らかになっている。
濱田容疑者を中心とするこの集団は、「サークル」と称し、河内長野市内にある信者名義の複数の住居を転々としながら共同生活を送っていたとされる。捜査では、この集団内での異様な人間関係や、複数の信者との性的関係を持つ「乱婚」のような状態があった可能性も指摘されており、濱田容疑者による信者への精神的・肉体的な支配の実態解明が進められている。
歪んだ関係性が招いた悲劇:全容解明へ
当初は自殺として片付けられかけた和歌山での痛ましい出来事は、「創造主」を自称する人物による絶対的な支配と、それに盲従した信者たちが実行した組織的な犯罪へとその全貌を現しつつある。閉鎖的なカルト的集団内部で、人間の尊厳や倫理が歪められた結果が、今回の自殺教唆・遺書偽造事件として結実したと言える。警察は、逮捕した容疑者らの供述や集団の実態についてさらに捜査を進め、この歪んだ関係性がどのように形成され、被害者たちがどのように支配され、そしてなぜ入水という形での殺害(または自殺教唆)が行われたのか、その全容解明を目指している。