古都鎌倉の象徴であり、国内外から多くの参拝者を集める鶴岡八幡宮で、神社を統括する宮司に対する訴訟が提起されたことが明らかになりました。週刊新潮が過去に報じた、宮司の下で退職者が相次ぐという内部の悩ましい状況は、ついに法廷での争いへと発展したのです。この訴訟は、長年にわたる神職の離職問題や、神社本庁からの離脱といった複雑な背景を抱えています。
吉田宮司就任後の混乱と職員の疲弊
源頼朝が1180年に現在の場所に遷座(せんざ)させた鶴岡八幡宮は、年間約1600万人の鎌倉市来訪者の半数近くが参拝するほどの由緒ある神社です。しかし、1997年に吉田茂穂氏が宮司に就任して以降、神社の運営を巡る混乱が収まらないと伝えられています。吉田宮司は、結婚式場をそれまでの本宮から舞殿に移すなど、様々な「テコ入れ」を行いました。この変更は挙式数を大幅に増加させた一方で、現場の神職たちの負担を著しく増大させました。元職員の証言によると、残業や休日出勤が増えたにもかかわらず、それに対する適切な手当が付与されず、職員は疲弊していったといいます。この状況が、多くの神職の退職を招き、残った職員の業務量をさらに増やすという悪循環を生み出していました。
コンサルタント女性の関与と内部混乱
神職の意欲がさらに削がれていった要因の一つに、2019年にコンサルタントとして招かれたある女性の存在が挙げられています。彼女は正規の職員ではないにもかかわらず、宮司との親密な関係を背景に、神社の運営に強く口を挟むようになったと関係者は証言しています。月額70万円という高額な報酬を受け取りながら、気に入らない神職を宮司に告げ口し、叱責させるなど、不透明で不公平な状況がまかり通るようになったといいます。このような環境が、職員間の不信感を募らせ、内部の混乱に拍車をかけました。その結果、10年前には37名いた神職は、昨年の初頭には25名にまで減少し、さらにこの問題が深刻化したと見られます。
神職の急減と神社本庁離脱の波紋
昨年の6月には、鶴岡八幡宮が神社本庁からの離脱を決定しました。この離脱の前後で、さらに退職希望者が続出し、現在では神職が16〜17名しかいない状況とのことです。吉田宮司は離脱の理由を「神社本庁の活動は独善的と受け止められている」などと説明したとされますが、離脱によって具体的にどのような不利益が回避されるのか、納得のいく説明がなかったことから、神職たちの間にさらなる不信感を抱かせることとなりました。
職員大量離職や訴訟問題が報じられている鶴岡八幡宮の吉田茂穂宮司
神職による訴訟の背景
こうした一連の混乱の中、長年鶴岡八幡宮に勤めてきた神職の一人が、今年1月に鶴岡八幡宮を相手取って訴訟を提起しました。鶴岡八幡宮の関係者によると、神職にとって勤務先が神社本庁から離脱することは極めて重大な問題だといいます。なぜなら、神社本庁が管轄する全国約8万社の神社全てで通用する、神職としてのキャリアを示す「資格」が抹消されてしまうからです。今回の訴訟を起こした神職も、この神社本庁からの離脱を巡る混乱の中で、吉田宮司から理不尽な扱いを受けたことが理由だったとされています。
提訴に至った具体的な経緯
訴訟の契機となったのは、昨年3月、離脱の意向を示した吉田宮司に対し、当該神職が強く説明を求めたことから始まりました。これにより、神職は宮司ににらまれるようになったといいます。吉田宮司は「わが社の神職は、鎌倉市内の別の神社に転籍した形を取るから資格は抹消されない」と説明していましたが、昨春の時点ではそれは確定した話ではなく、単なる「案」に過ぎませんでした。
将来への不安を感じた神職は、進退を保留した後の昨年5月、親族が勤める別の神社に籍を移す形で、鶴岡八幡宮での仕事を続けられないか吉田宮司に確認し、同意を求めました。しかし、宮司はこれに対し「自分の指定した神社への転籍しか認めない」と激怒したとされています。その上で、「辞めるか残るかを選べ。残るなら、反抗的な態度で迷惑をかけてきたことなどを認め、降格と減給の処分を受け入れろ」という一方的で無理難題な要求を突きつけたといいます。
不当な扱いとその後の影響
この出来事の後、当該神職は精神的な負担から適応障害を発症し、休職を余儀なくされました。そして7月には、一方的に「ヒラの神職」へと降格され、給与も減額されました。希望した転籍も認められなかったため、神職としての資格も抹消されてしまったとのことです。現在、この神職は処分前の地位確認などを求めて係争中であり、鶴岡八幡宮の内部問題は司法の場で争われることとなりました。
関係者の反応
提訴という異例の事態を招いた吉田宮司に対し、出勤前に直接見解を問うたところ、「お答えすることは何もありません」と述べるにとどまりました。その後、代理人からは書面で「裁判所の判断が下されるまで、マスメディアに主張することは差し控えるべきと考えております」との回答がありました。
訴訟を起こした神職は、「詳しくはお話しできませんが、心を込めてお仕えしてきた八幡さまへの提訴は、やむを得ないものでした」と、複雑な胸中を明かしています。
神社の内部紛争は、神の御裁きではなく、司直の手に委ねられることとなりました。