トヨタ自動車陸上長距離部に所属するマラソン選手の西山雄介選手(30)がこの春、「アスリート育休」として育児休暇を取得しました。現役のトップアスリートによる育休取得は、トヨタ社内で初の事例となり、競技活動と育児の両立という新たな働き方を示しています。
競技と子育ての両立課題
西山選手は伊賀白鳳高、駒沢大を経て2017年にトヨタに入社。2022年には別府大分毎日マラソンで初マラソンながら優勝し、同年の世界選手権にも出場するなど活躍してきました。私生活では2019年に結婚、2022年に第1子となる長女が誕生しましたが、早朝・日中の練習と仕事、さらに土日のレースや月1回の合宿などで、長女との時間を十分に確保することが困難でした。帰宅時にはすでに長女が寝ていることも少なくありませんでした。以前、育休取得を検討したものの、社内に前例がなく、練習不足に陥る不安から断念した経験があります。
2022年の別府大分毎日マラソンで優勝したトヨタ自動車所属の西山雄介選手
アスリート専用制度導入へ
2024年に第2子の妊娠が分かると、「現役中でも、競技を続けながら子供と関わる時間を増やしたい」という思いから、社内のアスリート支援部署に相談しました。「アスリートだからといって、育児との両立を諦めてほしくなかった」というアスリート支援側の声を受け、トヨタスポーツ推進部と人事部で協議が始まりました。最大の課題は、育休中の練習や試合を「仕事」とみなすか否かでした。しかし、トヨタでは硬式野球部や陸上部などの選手たちは、業務時間外の「自主活動」として認められており、協議の結果、自主活動は育休中でも継続可能との方針が確認されました。
育休取得とその効果
2024年12月、第2子となる長男が誕生したのを受け、トヨタは西山選手をモデルとした「トヨタアスリートの育休制度」を導入。西山選手は今年4月から約1カ月、この制度を利用して育児休暇を取得しました。従来の業務時間だった午前9時から午後2時までを育休対象とし、子供たちと遊んだり家事をしたりする時間にあてました。一方で、アスリートとしての練習は、早朝の朝練や午後2時以降の練習を自宅周辺で実施したり、子供の起床や昼寝の時間に合わせてメニューを組むなど、柔軟に対応することでこれまで通り続けることができました。育休中、長女は「今日もパパがいる」と喜び、妻からも「ありがとう」と感謝されたといいます。西山選手自身も「育休を取ることで妻の大変さが分かったし、家族でかけがえのない時間を過ごすことができた」と振り返っています。
今後の広がり
西山選手が「アスリート育休」を取得したことが知られると、他部の現役アスリートからも相談が寄せられるようになりました。トヨタスポーツ推進部の近藤俊さんは、「アスリートの育休が他社へも広がり、日本のスポーツ界の標準になってくれたら」と、今後の展開に期待を寄せています。
西山選手の「アスリート育休」取得は、プロ・実業団を問わず、現役選手が競技キャリアと並行して家庭での役割を果たす道を拓く先駆的な事例と言えます。トヨタ自動車の柔軟な制度設計は、アスリートの多様な働き方やライフステージの変化への対応を支援する重要な一歩であり、日本のスポーツ界全体における育児支援のあり方に一石を投じる可能性を秘めています。