世界中で難民や国内避難民の数が過去最高を記録し、その一方で移民・難民への排斥感情が高まる中、この複雑な問題の本質を理解することは喫緊の課題です。特に、外国にルーツを持つ人々との共生が問われる日本社会において、難民問題は決して遠い国の話ではありません。このテーマについて、南アジア地域研究や国際協力論を専門とする立教大学の日下部尚徳准教授が著した『自分ゴトとして考える難民問題』(岩波ジュニア新書)は、難民を巡る基本的な疑問にファクトベースで答える一冊です。本書の内容や、深刻化する難民問題の背景、そして私たち個人ができることについて、日下部准教授にお話を伺いました。
難民・国内避難民の増加と世界的な排斥の動き
2024年、世界の難民や国内避難民などの数は推定1億2320万人に達し、この10年間増加の一途をたどっています。この状況と並行して、世界的には移民や難民を排斥する機運が高まっています。特に米国のトランプ政権下では、非正規滞在者などが大規模に摘発され、本国や第三国への移送といった非人道的な措置が取られるケースが見られました。
日下部准教授は、こうした状況がもたらす問題として主に二つを指摘します。一つ目は、移民や難民の排除を正当化する言説や政策が公然と語られるようになったことです。かつて国際社会では、たとえ移民・難民に否定的な見解があっても、それを表立って表明することは避けられる傾向がありました。送還する場合でも、帰還先の安全確保が最低限の前提とされていたのです。しかし現在では、こうした原則が軽視され、強制送還や拘束といった強硬な手段が「当然の自衛策」として捉えられつつあります。
ポピュリズムが加速させる「誰が自国民か」という分断
二つ目の問題は、「誰が自国民か」という定義が、政治的な思惑によって恣意的に操作される風潮が強まっていることです。特定の属性を持つ集団を「本来の国民ではない」と切り捨てるような言説が、排外的なナショナリズムと結びつき、社会に拡大しています。
このような状況の背景には、近年多くの国で広がる「ポピュリズム」があります。「国の政治はエリートや専門家によって動かされており信用できない」「普通の人の声が無視されている」といった不満や不信感が、既存の政治ルールや制度への反発につながる動きです。ポピュリズムのリーダーは「普通の人々の声こそが正しく、強い指導者がそれを代弁し国を守るべきだ」と主張します。この主張は一見分かりやすいものの、「外から来た人々が国を混乱させている」といった排外的な言説と結びつくことで、社会の内部に「私たち」と「よそ者」という深い分断を生み出してしまいます。トランプ政権の移民・難民に対する強硬な姿勢も、こうしたポピュリズムの強い特徴を反映したものと言えるでしょう。
米国のトランプ政権による強硬な移民政策に抗議するデモ参加者たちの様子
いま世界にいる1億2320万人の難民や国内避難民の中には、政治的な線引きによって国内外に置き去りにされ、法的にも社会的にも包摂されない立場に追いやられている人々が数多く存在します。
国籍という枠を超え、一人ひとりと向き合う重要性
日下部准教授は、仕事でバングラデシュを頻繁に訪れる中で、「日本人」と「バングラデシュ人」といった国籍の違いよりも、個々人の違いの方がはるかに大きいと常に実感していると言います。バングラデシュ人の中にも日本人のステレオタイプとされるような勤勉で時間に正確な人はいますし、その逆もまた同様です。国籍以上に世代間の差も大きく、日本の20代の若者が日下部准教授自身よりも、国籍の異なる同世代と共感し合うのは自然なことでしょう。
だからこそ、「国民」という枠組みによって人々を一律に捉え、排除するのではなく、それぞれの個人と向き合う姿勢がいま最も求められていると、日下部准教授は強調します。難民問題を「自分ゴト」として考え、一人ひとりの背景や経験に目を向けることが、分断を超え、外国にルーツを持つ人々との共生社会を築くための第一歩となるのです。
【Source】https://news.yahoo.co.jp/articles/b6225d36161da0030749f6abac1d4719923ac108