2024年7月20日に投開票が行われた日本の参議院選挙において、野党「参政党」が異例の躍進を遂げたことは、多くの政治アナリストを驚かせた。過去3年間、参議院(定数248)でわずか1議席しか持たず、傍流と見なされてきた同党が、今回の選挙で一挙に14議席を獲得し、最大の勝者の一つとして浮上したのである。新型コロナウイルス感染症のパンデミック下、2020年に結成された参政党は、当初、ワクチンに関する陰謀論を拡散するYouTube動画を通じて注目を集めた。しかし近年では、「日本人ファースト」を掲げるナショナリズム的な政策で支持基盤を拡大し、外国人による「静かな侵略」に警鐘を鳴らすことで、国民の間に広がる不安を巧みに捉えている。参政党のこの急激な支持拡大は、移民やオーバーツーリズムに対する国民の懸念の高まりを明確に反映していると言えるだろう。日本政府も、選挙直前に外国人との秩序ある共生社会推進室を新設するなど、こうした課題への対応を模索していたが、その動きは参政党の勢いを止めるには至らなかった。今回の選挙結果は、日本の政治が恒常的な右傾化の途にあることを示唆しているのだろうか。
参政党の「日本人ファースト」政策とは?
参政党の政策は、日本の有権者が抱える既存政治への不満と、特定の問題意識に深く根ざしている。その結党から今回の参院選での躍進に至るまでの経緯には、現代社会の複雑な課題が色濃く反映されている。
結党から初期の支持層
参政党は2020年初頭に発足し、当初は反ワクチンや反マスクを主張する一連のYouTube動画を配信することで、保守層を中心に注目を集めていった。2022年の参議院選挙で初議席を獲得した際、同党は自らを「反グローバリスト」の政党と位置づけていた。集会に参加した支持者たちの間では、グローバリストや金融機関が陰で手を組み、無力な市民を支配するための陰謀を重ねているといった世界観が語られていた。こうした初期の訴えは、特定の情報に敏感な層や、既存の政治・社会システムへの不信感を抱く人々に響いたと考えられる。
2024年参院選での公約と戦略
今回の参院選では、参政党は消費税の減税や児童手当の増額といったポピュリズム的な公約を掲げた。しかし、最も注目を集め、議論を呼んだのは、「行き過ぎた外国人受け入れに反対」を明確に打ち出した、移民反対のナショナリズム的な「日本人ファースト」政策だった。同党の神谷宗幣党首は選挙前にロイター通信に対し、自らの政治スタイルがドナルド・トランプ米大統領の「大胆な政治スタイル」から影響を受けていると語っている。この「日本人ファースト」の公約は、インターネット上で保守的な若者の支持を急速に集め、それまで与党・自由民主党(自民党)が保持していた保守層の支持基盤を侵食する形となった。
与党・自民党への不満と参政党への支持
20日の投開票の結果は、日本が経済の逆風や生活費の高騰、アメリカとの関税交渉に苦戦する中で、自民党総裁である石破茂首相への有権者の不満を浮き彫りにした。神田外語大学で日本研究を担当するジェフリー・ホール講師は、自民党よりもさらに右寄りの政党への支持が高まることで、自民党の支持基盤が崩れたと分析する。「安倍晋三元首相の支持者たちにとって、石破首相は保守ぶりが足りない」のだとホール氏は指摘し、「石破氏はナショナリストな歴史観を抱いていない、安倍氏に比べて中国に対して強硬姿勢ではないと、安倍氏の支持者たちからは思われている」と説明した。
「外圧に抵抗」を訴える参政党の神谷宗幣党首。演説で「日本人ファースト」の政策と日本の経済的自立を強調する様子。
コンサルティング会社「アジア・グループ」のアソシエイト、西村凛太郎氏は、有権者が参政党や他の野党に投票することで、「自民党がかつて掲げていた保守的理念から逸脱したことへの代償を払わせようとしている」と指摘した。その一例として西村氏は、岸田政権下で成立したLGBTQ理解増進法を挙げ、「今回の選挙での(野党の)成功は、有権者が現状維持の体制政治にうんざりしていることを示している」と述べた。この傾向は、他の小規模野党にも表れており、中道右派の国民民主党は、今回の選挙で17議席を獲得し、前回の5議席から大きく躍進している。一方で、参政党は今回の選挙で議席を大きく伸ばしたものの、参議院で予算案を提出するために必要な最低議席数には届いていない。さらに、より権限の強い衆議院では、同党はわずか3議席しか得ていない現状にある。
神谷宗幣党首の人物像とメッセージ
参政党の顔であり、その政策を強力に推進する神谷宗幣党首は、その経歴と発言で注目を集めている。
47歳の神谷氏は、かつて長期政権を担う自民党に所属していた経験を持つ。2012年の衆議院選挙では、当時の自民党総裁だった故・安倍晋三氏が神谷氏の応援に駆けつけたものの、最終的に落選している。その後、神谷氏は2020年3月に参政党を立ち上げ、2022年の参議院選挙で同党から唯一の当選を果たし、その存在感を示した。元自衛隊予備自衛官でもある神谷氏は、自らの政治手法がトランプ氏に影響を受けていると公言しており、日本の政財界のエリート層を強く批判する姿勢を打ち出している。
前出の西村氏によると、神谷氏は選挙活動において「しばしば扇動的かつ物議を醸す発言」を行うことで注目を集めたという。西村氏は、「神谷氏の発言は、非常に組織的なキャンペーンのもとでソーシャルメディア上に拡散された」と指摘し、その情報拡散戦略が支持拡大に寄与した可能性を示唆している。神谷氏は最近の鹿児島での街頭演説で、グローバリズムは外国企業が自らの目的のために国のルールを変えていると主張し、「ずっと外圧に負けて言うこと聞くだけになる」のであれば、日本は経済的な「植民地」になると訴え、聴衆に強い危機感を煽った。
また、別の街頭演説では、男女共同参画について「今まで間違えたんですよ、男女共同参画とか」、「子どもを産んだほうが安心して暮らせる社会状況を作らないといけないのに、働け働けとやりすぎちゃった」などと発言し、一部で批判を浴びた。ロイター通信によると、党の支持層について問われた際には、自分が熱血だから男性に響くのかもしれないと語ったという。ただし、西村氏によると、出口調査の結果、参政党の支持は必ずしも若年層の男性に限られておらず、20代から50代の労働世代全体から、一貫した支持を得ていたことが判明している。男性有権者への偏りはやや見られたものの、「著しく偏っていたわけではない」とも、西村氏は話している。
投票後の20日夜に報道各社のインタビューに応じた神谷氏は、今後の選挙で「50、60ぐらいの議席」を確保することで、「政策がより実現可能性を増す」だろうと語り、さらなる議席拡大への意欲を示した。投票後の日本テレビのインタビューで「日本人ファースト」の主張に対する周囲の反応を質問されると、「これが外国人差別なんだと言われる。そういう言い方は一切してないんですけど、たたくためにレッテルを貼られたなという感覚は持っています」と答え、自身の主張が不当に解釈されているとの見解を示した。
移民への「怒り」の背景と日本の将来
参政党の躍進の根底には、日本社会における移民と外国人に対する複雑な感情、そしてそれが引き起こす「怒り」が存在する。
2024年末時点で、日本に住む外国人の数は過去最多の約380万人に達した。入国管理当局によると、これは前年比で10.5%の増加だが、依然として日本の総人口の約3%にとどまっている。また、日本政府観光局によると、昨年の訪日外国人観光客数も、過去最多の約3690万人を記録し、いわゆる「オーバーツーリズム」が社会問題化しつつある。参政党はこうした移民や観光客の増加に対する国民の不安の高まりを巧みに利用し、与党・自民党が外国人受け入れを進めた政策を公然と非難している。
神田外語大学のホール氏は、経済が弱体化する国では、反移民的な言説がしばしば表面化すると指摘している。「一部の観光客による迷惑行為やマナー違反」が火に油を注ぎ、「外国人問題の深刻化」という印象を生んでいると、ホール氏は語った。「(参政党は)移民に対する不満や、移民の数が増えすぎているという、根拠の乏しいかもしれない感情を巧みに利用した」と分析している。日本では伝統的に、移民受け入れに慎重な姿勢が続いてきた。しかし、少子高齢化が進む中で、政府は近年、深刻な労働力確保の必要性から、入管制度の緩和を進めてきた。一方で、外国人の流入に不満を抱く一部の日本人からは、犯罪の増加や物価上昇などの原因として、外国人を非難する声が上がるようになっている。
選挙のわずか1週間前の7月15日、政府は国民の不安を和らげることを目的に、内閣官房に新しい事務局を設置し、「外国人との秩序ある共生社会の実現」を目指すと表明した。しかし、この対応は時すでに遅しだった感は否めない。そして参政党の台頭は、日本の政治情勢における転換点となる可能性を秘めているとみられている。
「これまで長年、日本には右派ポピュリスト政党、あるいは極右ポピュリスト政党は存在しないと言われてきた」と、ホール氏は語った。「だが(今回の結果は)、日本でもその可能性があることを証明した。しかも、それは今後も続く可能性が高い」。一方で、アジア・グループの西村氏は、日本の有権者は「気まぐれ」(変わりやすい)なため、ポピュリズム政党が日本の政治に定着するのはこれまで「極めて難しかった」と指摘している。「支持した政党が自分たちの期待に見合わないと思えば、有権者は既存の選択肢に戻るか、新しい代替勢力に乗り換えるだろう」と、西村氏は述べ、参政党の今後の動向は、その政策が有権者の期待に応えられるかどうかにかかっているとの見方を示した。
参政党の躍進は、日本の政治が新たな局面を迎えていることを示唆している。経済的な逆風、社会の変化、そして国民の間にくすぶる不満や不安が、新たな政治勢力の台頭を許容する土壌となっている。彼らの「日本人ファースト」の訴えが今後どのように展開し、日本の社会と政治にどのような影響を与えるのか、引き続き注視する必要があるだろう。
参考資料
- BBC News. (2024). The rise of the far-right ‘Japanese First’ party.
- Yahoo! News Japan. (2024). 記事元リンク