薪を背負い、歩きながら本を読む少年――多くの日本人がこの姿を思い浮かべるであろう二宮尊徳（金次郎）の銅像。近年、かつては全国の小学校に当たり前のようにあったこの像を見かける機会が減った、というニュースを目にした人も多いはずだ。正確な統計はないものの、戦前には全国の尋常小学校の半数以上に設置されていたと推計され、その数は一万体近くに及んだ可能性もある。材料や姿は様々ながら、日本で最も多く銅像が作られた人物は、おそらく二宮尊徳で間違いないだろう。
しかし、第二次世界大戦とその終戦が状況を一変させた。戦後、二宮金次郎像は「戦前の教育の象徴」とみなされ、GHQへの忖度や指示により撤去が進んだ。その後も、学校の統廃合や校舎の老朽化・建て替えに伴い姿を消すケースが相次ぐ。さらに20世紀末頃からは、耐久性の問題に加え、「労働の強制を想起させる」「歩き読書は目に悪い」「ながらスマホにつながる」といった、かつての設置理由とはかけ離れた批判も寄せられ、撤去の動きに拍車がかかった。こうした経緯から、21世紀になる頃にはほとんど見られなくなったと思われがちだが、意外にも一定数は残存している。例えば、2010年の調査では、神奈川県内の公立小学校の17％にあたる144校で尊徳像が確認されている。これは十数年前のデータとはいえ、小中学校全体で見れば約2割に残っていたことになり、予想より多いと感じる人もいるだろう。さらに、戦後も撤去されるだけでなく、定期的に寄贈などを通じて新設されており、21世紀になってからも新たに設置された学校が複数存在する。
撤去と新設が同時に進むという不思議な現象。これは、二宮尊徳という人物そのものが持つ不思議さに通じるかもしれない。多くの日本人が彼の名前や「薪を背負った少年」のイメージは知っているが、「何をした人か」についてはあまり知られていないのが実情だ。かつての彼の知名度は絶大で、戦前や戦後しばらくの間は、もしかすると時の総理大臣よりも有名だったと言っても過言ではないほどだった。その強烈なイメージが先行し、「薪を背負って本を読んでいる人」という「B面」だけが広く知られ、彼の本質である「A面」があまり語られてこなかったとも言える。
本記事では、二宮尊徳がなぜ銅像になったのかという背景も含め、あまり知られていない「A面」に焦点を当ててみたい。彼は厳密には現代で言う「経営者」ではないが、その生涯を通じて行ったことは、まさに現代の「再建屋」に近い。疲弊した農村や藩の財政を立て直したその手腕と、根底にある思想は、後の多くの偉大な経営者たちに影響を与えた。
松下幸之助氏（パナソニック創業者）の写真、二宮尊徳の思想に影響を受けた経営者
特に、パナソニック創業者である松下幸之助は二宮尊徳の書物を愛読し、その思想から多くの示唆を得たと言われている。尊徳の掲げた「至誠」（真心からの努力）、「勤労」（勤勉に働くこと）、「分度」（身分に応じた生活）、「推譲」（余剰を他者に譲ること）といった報徳思想は、単なる精神論ではなく、具体的な経済活動や社会再建に根差していた。この現実的な実行力と倫理観を兼ね備えた思想は、渋沢栄一や土光敏夫といった近代・現代日本の名経営者たちの理念にも確かに通じているのだ。銅像のイメージに隠された二宮尊徳の「A面」は、現代社会においても、そしてビジネスの世界においても、学ぶべき多くの要素を含んでいる。
【参考資料】
- PRESIDENT Online: 「日本で一番銅像がつくられた男はなぜ消えたのか 松下幸之助が愛した思想家」 – Yahoo!ニュース (Source link: https://news.yahoo.co.jp/articles/898a21e8b6b449363ebcea73683e94b64f638d19)
