もし2025年10月21日、高市早苗氏が日本初の女性総理としてその座に就くことになれば、日本の政治史に新たな一ページが刻まれることになります。そんな高市氏の長年の歩みを、誰よりも間近で見守り、その決断を髪型で表現してきた人物がいます。奈良県生駒市にある美容院「LUNEX」の美容師、新井幸寿さんです。30年以上にわたり高市氏のヘアカットを担当し、公私にわたる深い交流を続けてきた新井さんが語る、政治家・高市早苗氏の知られざる素顔と、ヘアスタイルに込められたメッセージ、そして彼女の人間的成長の軌跡を探ります。
政治の舞台裏で見せた「覚悟」:落選から再起への第一歩
新井さんと高市氏の出会いは1992年に遡ります。当時、選挙に落選し、地元の支援者回りをしていた高市氏は、新井さんの知人の紹介でLUNEXを訪れました。支援者たちとの食事や二次会のカラオケで盛り上がった後、三次会へと誘われた高市氏が放った一言に、新井さんは深く感銘を受けたといいます。「明日の朝、西大寺の駅前で演説する予定で、これから原稿をまとめないといけないので」と告げ、一人静かに帰路につく高市氏の姿は、まさに「シャキッと背筋を伸ばした」そのものでした。若き日の高市氏がすでに持ち合わせていた、政治家としての真摯な姿勢と、目標達成に向けた並々ならぬ努力。新井さんの目に映ったのは、その後の躍進を予感させる、一人の志ある政治家の卵でした。この出会いの翌年、高市氏は衆院選で見事当選を果たし、本格的に政界へと足を踏み入れます。
「早苗カット」誕生秘話:党籍変更と共に決断した“断髪”の覚悟
政治家としてのキャリアをスタートさせた高市氏にとって、1996年は大きな転機となる年でした。同年10月の衆院選で新進党公認で出馬した後、翌月には同党を離党。そして12月には自民党への入党を決めました。この大きな決断の際、新井さんは高市氏に「断髪」を強く勧めます。高市氏が「新進党で応援してくれた人には申し訳ない」と複雑な心境を吐露していたのを見て、新井さんは「お詫びの気持ちと、新たに自民党でやっていく前向きな気持ちを同時に表わすためには、絶対に髪を短く切ったほうがいい」と進言したのです。この言葉に納得した高市氏は、それまでとは一転してショートカットに。この時のヘアスタイルが、後に「早苗カット」と呼ばれるようになり、若干の長さの調整はあるものの、現在に至るまで彼女のトレードマークとなっています。ヘアスタイルは単なる外見の変化ではなく、政治家としての覚悟と新たなスタートを象徴するものでした。
1996年、自民党入党時の高市早苗氏。ショートカットに変え、政治家としての新たな決意を示す。
公私の「変化」が育んだ人間的深み:結婚と大臣就任
政界で存在感を増していく高市氏でしたが、新井さんとの交流は途切れることはありませんでした。若かりし頃は、奈良に戻る余裕もあったのか、秘書を務める弟さんと共にカットに訪れ、美容室ではごく普通の女性らしい会話を楽しんでいたといいます。芸能の話題、好きな食べ物の話、ファッションへの関心など、政治の場では見せない人間的な一面を新井さんに垣間見せていました。
高市氏のプライベートにも大きな変化が訪れます。2004年には、自民党の山本拓氏と「交際0日婚」を果たしました。結婚当時、高市氏は落選中でしたが、新井さんは「落ちたのがかえってよかったのでは」と振り返ります。この結婚を経て、高市氏は人間としての幅と深みを大きく増したように感じられたそうです。山本氏には前の奥さんとの間にお子さんもおり、こうした環境の変化も影響してか、彼女の人柄は以前にも増して柔和になったといいます。2006年には第一次安倍内閣で内閣府特命担当大臣に就任し初入閣、その後も総務大臣などを歴任し、2017年には総務大臣の在任日数が歴代1位を記録するなど、公私にわたる充実が政治家としての躍進に繋がっていきました。
総裁選への挑戦と「ヘアメイク」戦略:サッチャー氏への憧れ
高市氏にとって、長年の夢であり目標であった「日本初の女性総理」への道筋がより明確になったのが、2021年の総裁選への初出馬でした。新井さんは、高市氏が最初に出会った頃から「私はサッチャーさんみたいになる」と語っていたことを記憶しており、「ついにその時が来たか」と感慨深く見守っていたといいます。
しかし、テレビに映る高市氏の髪型に違和感を覚えた新井さんは、「重たい感じがして、無理やりスプレーで固めたように見えた。もっとナチュラルにしないと彼女の良さが出ない」と感じ、妻と共に東京まで駆けつけ、ヘアカットを施しました。秘書を通じて伝えると、高市氏本人が時間を作ってくれたといい、夫妻での訪問を大変喜んでくれたとのこと。翌日のブログにもその感謝の気持ちが綴られました。このヘアスタイルの調整が功を奏したのか、当時泡沫候補とも言われた高市氏は、見事3位に食い込む結果を出しました。
以来、新井さんは高市氏の総裁選への挑戦を、ヘアメイクの視点からも「観戦」するようになります。2024年の2回目の挑戦では髪型に問題はなかったものの、眉毛が強すぎる印象があったため、テレビの取材を通じて改善を指摘しました。そして今回3回目の挑戦では、「髪型もメイクも問題なし、バッチリでしたよ」と太鼓判を押します。高市氏のメイクは基本的に自身で行っているため、相当研究したのだろうと新井さんは推測します。それは政治に限らず、あらゆることに対して勉強熱心な高市氏の人柄そのものだと。かつて、もし時間があったら何をしたいかと尋ねた際、「もっと勉強したい」と答えたというエピソードは、彼女の揺るぎない知的好奇心と向上心を物語っています。
高市早苗氏。2025年10月23日、日本初の女性総理として期待される姿。
奈良から見守る、日本初の女性総理への道
高市早苗氏の政治家としての歩みは、常に決断と成長の連続でした。そしてその節目節目には、長年彼女の髪を任されてきた美容師、新井幸寿氏の存在がありました。ヘアスタイルに込められた政治的メッセージ、公私にわたる変化がもたらした人間的深み、そして「サッチャーさんのようになりたい」という強い意志と、それを実現するための絶え間ない勉強。これら全てが、一人の政治家・高市早苗という人物を形成してきました。
奈良の地から、長年の友人であり理解者である新井さんが見守る中、高市氏が日本初の女性総理として、その手腕をいかんなく発揮する日が来ることを、多くの人々が期待しています。彼女のこれまでの経験と決断力が、日本の未来を切り拓く力となるでしょう。