医療費が高額になった際の自己負担を抑える「高額療養費制度」について、政府は現在その見直し案の再検討を進めています。厚生労働省は、制度の在り方に関する専門委員会を設置し、全国がん患者団体連合会理事長の天野慎介氏や日本難病・疾病団体協議会代表理事の大黒宏司氏などが委員として参加し、議論を開始しました。政府は今秋にも新たな方針を決定する予定ですが、この重要なセーフティーネットの見直しにおいて、制度を最も必要とする患者さんたちの声はどの程度反映されるのでしょうか。進行乳がん患者であり、組織開発コンサルタントとしても活動する勅使川原真衣氏に、当事者の立場から見た課題について伺いました。
高額療養費制度の見直し議論に関わる厚生労働省関係者が参議院厚生労働委員会で答弁する様子
「応能負担」は妥当だが、「給付削減」は問題
勅使川原氏は、まず所得に応じた負担、いわゆる「応能負担」そのものについては妥当だとの見解を示しました。所得が低い人には負担を軽くし、高い人には重い負担を求めるという考え方は、国民全体で医療費を支え合う上で公平な方法であると認めています。しかし、制度の根幹である「最善の治療が受けられ、生活が困窮しないためのセーフティーネット」として見た場合、給付の部分で差が生じることは本末転倒だと強く指摘します。重い病気や怪我を負うことは、本人が選択したことではありません。それにも関わらず、経済的に余裕があるからといって自己負担を増やされ、受けられる給付が減らされてしまうのは不平等ではないか、と疑問を呈しています。
病気になる前の所得で負担能力を測る問題点
高額療養費制度の負担区分は、前年の所得によって決定されます。この点について勅使川原氏は、「病気や怪我をする前の私」の所得で負担能力が判断されることの問題点を挙げました。勅使川原氏が進行がん(ステージ3C)と診断されたのは38歳の時で、当時自身で会社を立ち上げ、組織開発コンサルタントとして精力的に働いていたため、所得区分は比較的高いところに該当しました。しかし、診断を受けてシビアな治療が始まると、収入はもちろん、体力も気力も著しく低下し、ほぼゼロに近い状態になりました。それにも関わらず、病気になる前の高い所得に基づいて計算された自己負担を求められるのは、現実的に非常に厳しい状況を生むと訴えます。
治療費以外の負担と生活維持の困難さ
治療は短期間で終わるとは限らず、長期にわたる場合も少なくありません。勅使川原氏は、まだ子どもが小さかったこともあり、将来のために貯金に手を付けることには強い抵抗があったと語ります。がん患者になると、医療費だけでなく、治療に伴う様々な費用(交通費、食事療法、ウィッグなど)や、体調の変化による生活費の増加など、治療費以外の支出も増えます。さらに、生活水準を落とすことや、慣れ親しんだ環境を変えることが困難な場合もあります。例えば、都心に住んでいる場合、家賃などの固定費は高いですが、治療のための通院や体力が落ちた中での長距離移動を考えると、安易に引っ越しや転院という選択はできません。子どもの習い事をやめさせるなど、家族に負担を強いることにも繋がりかねません。このように、高額療養費制度を利用するような重症度の高い患者さんにとって、負担能力は病気になる前とは大きく変化しているにも関わらず、過去の所得で負担が決まる現状は、「私の支払い能力に応じた〈負担〉ではなくなってくる」と、その乖離を指摘しました。
長期治療患者への配慮不足
特に、多数回該当(直近1年間で高額療養費の支給を3回以上受けている場合、自己負担限度額がさらに引き下げられる制度)に当たるような長期にわたる治療が必要な患者さんに対して、現行制度や見直し議論が十分な配慮を欠いているのではないかという懸念も示されました。重症度が高いからこそ高額療養費制度を利用しているのであり、たとえ治療が成功して回復できたとしても、心身に負ったダメージは小さくありません。長期的な治療を続ける人々がどのような生活を送っているのか、その現実をなぜ十分に推し量ることができないのかと、勅使川原氏は報道に触れる度に憤りを感じていたといいます。今回の見直し議論においては、こうした当事者の生の声、特に病気による所得の変化や治療費以外の負担、長期療養の現実といった側面が、より深く理解され、政策に反映されることが強く望まれています。
参考資料
https://news.yahoo.co.jp/articles/955463181a4144b8e186593a5522668f00257009