自動車運搬船「モーニング・ミダス」沈没:EV時代の海上輸送リスクを露呈

太平洋を航行していたリベリア船籍の自動車運搬船「モーニング・ミダス」が、アラスカ沖で沈没するという重大事故が発生しました。この船には合計3048台の車両が積載されており、そのうち70台が電気自動車(EV)、681台がハイブリッド車でした。6月3日にデッキから煙が上がり出火、乗組員22名全員が退避した後も火災は続き、悪天候による浸水も加わり、6月23日に船体は完全に水没しました。火災の発生源は特定されていませんが、EVに搭載されるリチウムイオン電池への懸念が早期から浮上。本事故は、EVの本格普及が進む現代において、海上輸送を含む物流インフラが抱える新たな、そして深刻な脆弱性を露呈するものとなりました。

太平洋を航行していたリベリア船籍の自動車運搬船「モーニング・ミダス」。アラスカ沖で火災発生後に沈没した船体の外観。太平洋を航行していたリベリア船籍の自動車運搬船「モーニング・ミダス」。アラスカ沖で火災発生後に沈没した船体の外観。

リチウムイオンバッテリーの特性と消火の困難性

EVに搭載されているリチウムイオンバッテリーは、外部からの強い衝撃、製造過程での欠陥、あるいは内部での短絡などが原因で「熱暴走」を引き起こす可能性があります。陸上での初期対応であれば消火の望みがありますが、洋上、特に船という閉鎖された環境では、一度発生した熱暴走による火災を完全に鎮火することは極めて困難です。EVは高電圧回路と高密度エネルギー源を備えているため、一台での火災が他の車両へ連鎖的に燃え広がりやすいという特性も持ち合わせています。

旧来型物流設計とEV輸送の根本的矛盾

自動車運搬船による海上輸送は、輸送単価と効率を最大限に追求するため、数千台もの車両を積載し、最小限の乗組員で長距離を航行するモデルで成り立っています。これは、大量生産・大量輸送・大量販売という、内燃機関車を前提とした旧来のロジスティクス思想に忠実な設計です。しかし、この構造の中に、高熱を発し可燃性の高いEVが大量に組み込まれた時点で、構造的な破綻は避けられない課題となります。今回の「モーニング・ミダス」沈没事故は、2022年に発生した自動車運搬船「フェリシティ・エース号」の火災事故に続く、EV輸送リスクを象徴する出来事となりました。当初、「モーニング・ミダス」にはEVが800台積まれていたとの報道もありましたが、沿岸警備隊の最終発表では70台でした。火元がEVか否かという点は重要ですが、それ以前に、バッテリーという持続的な高熱源を数十台、数百台と大量に海上輸送する現在の物流設計そのものが、産業構造全体にとっての「燃料」となりうるという事実こそが、より深刻な論点なのです。

電気自動車(EV)に搭載されるリチウムイオンバッテリーは、火災リスクを伴う高密度エネルギー源。海上輸送時の熱暴走が懸念される。電気自動車(EV)に搭載されるリチウムイオンバッテリーは、火災リスクを伴う高密度エネルギー源。海上輸送時の熱暴走が懸念される。

海運業界とEV市場への影響

現在の自動車運搬船の設計は、可燃性ガスの拡散や換気性能など、主に内燃機関車の輸送を前提としています。EV特有の高熱源や、熱暴走に伴う有毒ガスの発生といったリスクへの対応は後手に回りがちで、現場でのバッテリー火災に対する消火訓練や緊急対応プロトコルも十分に整備されていないのが現状です。そのため、一度EV関連の火災が発生すると、それは単なる「車両一台の事故」に留まらず、「物流設計全体の失敗」として連鎖的な損害を引き起こす可能性が高まります。保険業界ではすでに、EV搭載船に対するリスク評価の見直しが進められており、引受条件の厳格化や保険料の上昇が予想されます。火災による損害は船体や積載車両だけでなく、海洋汚染防止や環境対策といった追加コストにも及びます。これらのコスト増は最終的に、EVの価格構成に反映されることになります。つまり、EVを安く大量に運ぶための旧来型仕組みが、火災リスクを通じて結果的に「EVを高くする」構造へと転じつつあるのです。特に、低価格帯を強みとする中国製EVにとっては、海上輸送コストの上昇は市場競争力に致命的な影響を与えかねません。今や、単にEVを運ぶということ自体が、海運業界にとって構造的なリスクと見なされ始めています。

EVを大量に海上輸送する時代を迎え、自動車運搬船「モーニング・ミダス」の沈没事故は、リチウムイオンバッテリーがもたらす固有のリスクと、内燃機関車輸送を前提とした旧来の海運・物流インフラ設計との間に生じている根本的な矛盾を浮き彫りにしました。これは単なる事故ではなく、EV普及が加速する中で産業全体が直面する、構造的な課題と言えるでしょう。海運業界は、船体設計、運用プロトコル、保険制度など、多岐にわたる領域での抜本的な見直しを迫られています。この課題への対応は、今後のEV市場の発展にも影響を与える可能性があります。

出典: Yahoo News Japan