高齢者介護の現場において、サービス利用者である高齢者やその家族から発生する暴言、暴力、そして過度な要求といった「カスタマーハラスメント」(カスハラ)への注目が高まっています。事業者側では、こうした行為に対し毅然とした態度で臨み、悪質なケースにおいては契約解除も可能であるとされています。しかしながら、サービスを利用する家族側には「家族のために」という強い思いがあり、彼らの抱く「こだわり」が、施設側にとって「過度」な要求として受け止められているという認識が薄い場合も少なくないのが現状です。
介護施設での利用者と職員間のコミュニケーションを描いたイメージ
記者が見た介護現場の現実
自身がしている行為がカスハラに該当するとは、思いもよらなかったというケースがあります。例えば、東京都内の有料老人ホームに入居していた父親(当時90歳)と面会した記者の体験です。認知症が進み、トイレには自力で行けるものの、着替えや下着交換に介助が必要な状態でした。ある日、父親のズボンに便が付着しているのを発見。使い捨てのパッドやリハビリパンツにも大量の尿と便が付いていました。
介護スタッフに交換を依頼しようとコールボタンを押しましたが、すぐに誰も来ませんでした。廊下に出ても、人の気配はありません。約10分後、職員が駆けつけましたが、急いでパッドとリハビリパンツを交換するなり、すぐに立ち去ってしまいました。その際、使用済み下着や手袋がドアの前に置きっぱなしにされていたといいます。
要求の積み重ねと施設側の反応
別の日には、父親の部屋のトイレ便座に尿と便がこびりついているのを発見しました。ケアマネジャーに日々の介助プランに便座清掃を含めてほしいと依頼したところ、介護の日常業務範囲であるか確認が必要で即答はできないとの回答でした。「排泄介助のついでに、ほんの数十秒で済むことではないか。便座を拭くことすら、上司の許可がいるほど難しいことなのか」と、まずは便座の清掃が、お尻やリハビリパンツを繰り返し汚さないための第一歩だと説明するうちに、記者の口調は次第に厳しくなった可能性があると振り返っています。
それからしばらく経った後、施設長に呼び出され、「面会時には職員を引き止めないでほしい。長く話すと業務に支障が出る」と注意を受けました。記者はそんなに長く話したつもりはなく、長い時でも20分程度だったと感じていました。さらに数週間後、「今後のケアプランの見直しについて話がある」と再度呼び出され、ケアマネジャー同席のもと施設長から告げられたのは、サービスの縮小でした。
「介護度の割にケアの頻度が多く、他の入居者とのバランスや会社の方針もある。夜間の介入回数を減らさせてもらいたい」。記者はこれまでも「夜間の転倒が心配なので見守りを強化してほしい」「居室で独りぼっちなので可能な限り介入してほしい」といった要望を伝えていました。人手が多いとは言えない施設に対し、細かい要求が多く手間をかけている自覚はあったものの、サービスを減らすとまで言われることは想定していませんでした。記者は「私の小さなカスハラが招いたのだろう。もっと我慢をして、施設に任せていればこんなことにはならなかったのだろう」と感じたといいます。父親は翌年、高熱を出して救急搬送され、その約1カ月後に亡くなりました。
介護現場におけるカスハラの実態
介護の現場では、上記のようなケースも含め、介護される側の利用者やその家族からスタッフへのカスタマーハラスメントが深刻な問題として認識されています。家族としては当然の権利や要望だと考えていることが、施設側の限られたリソースや体制から見ると、過度な負担やハラスメントと受け取られてしまう、こうした認識のギャップが問題の根幹にあると言えるでしょう。利用者と施設の双方が歩み寄り、互いの立場を理解し、円滑なコミュニケーションを図ることが、より良い介護環境を実現するために不可欠です。
出典
https://news.yahoo.co.jp/articles/b07fdd90b53075f8a1f66e32fac59f97429f0be7