心理学博士である榎本博明氏の著書『絶対「謝らない人」: 自らの非をけっして認めない人たちの心理』(詩想社新書)が指摘するように、現代社会、特にインターネット上や職場、日常生活において、自分の非を頑なに認めず、謝罪を避ける人が増えています。問題を起こした著名人や企業の謝罪会見で見られる「誠に遺憾です」「申し訳なく思います」といった、形だけの言葉。あるいは、ネット炎上を起こしたインフルエンサーや政治家が、自己正当化に終始する姿。これらは、謝罪の雰囲気こそ醸し出しているものの、本質的な謝罪とは異なります。
仕事でミスを指摘されても言い訳を重ね、プライベートで迷惑をかけても素直に頭を下げない。「すみません」の一言があれば円滑に進むはずの物事や人間関係が、自己正当化への執着によってギスギスしてしまう。こうした状況が頻繁に見られるようになり、「謝ったら死ぬ病」という言葉まで生まれるに至りました。日本の社会では、古くから「すみません」という言葉が人間関係の潤滑油として機能し、謝罪だけでなく感謝の意にも含まれる多義的な役割を果たしてきました。しかし、この言葉を避け、自己正当化に固執する人々が増えることは、確かに軋轢を生みます。本書は、このような「絶対に謝らない人」の心理を深く解明することを目的としています。
心理学博士が著した「絶対謝らない人」というテーマの書籍表紙。職場の人間関係のヒント。
「謝らない人」との関係でストレスを抱え込まないためには、彼らの心理を理解した上で、適切な距離感や対応方法を身につけることが重要です。本書の第6章「『謝らない人』とどうつき合うか」では、そのための具体的なポイントが論じられています。彼らとの関わり方において、「絶対にやってはいけないこと」を把握しておくことは、無益な衝突を避け、自身の精神的な負担を軽減するために不可欠です。
彼らを無理に認めさせようとしない
「謝らない人」は、非を認めることが自己の否定につながると強く感じています。そのため、正論で追い詰めたり、感情的に謝罪を強要したりすることは、かえって彼らを頑なにさせ、さらに強固な自己正当化の壁を作るだけです。議論がエスカレートし、解決から遠ざかるだけでなく、対応する側のエネルギーを著しく消耗させます。彼らの内的なメカニズムを理解し、直接的な謝罪要求というアプローチがいかに非生産的であるかを知ることは、冷静な対応を保つ第一歩です。
個人的な攻撃だと受け止めない
「謝らない人」の言動は、しばしば対応する側への非難や責任転嫁として現れます。しかし、これは多くの場合、相手個人への悪意というよりは、彼ら自身の自己保身や脆弱なプライドを守るための防衛機制です。彼らの「謝らない」という行動様式は、特定の状況や相手だけでなく、普遍的な傾向である可能性が高いのです。したがって、その言動を個人的な攻撃として真に受け止め、感情的に傷ついたり、自己否定に陥ったりしないことが重要です。客観的な事実に基づき、冷静に対応することを心がけるべきです。
感情的な議論に深入りしない
謝らない人とのコミュニケーションは、しばしば論点がずれ、感情的な応酬になりがちです。彼らは自己正当化のために、過去の話を持ち出したり、関係ない事柄で反論したりすることがあります。このような感情的な泥沼にはまると、建設的な解決は不可能になります。大切なのは、感情的な揺さぶりや挑発に乗らず、冷静かつ客観的に状況を捉え続けることです。必要であれば、一度距離を置くことも有効な戦略となります。常に本質的な問題点に焦点を当て、無益な感情的なやり取りからは意図的に距離を置くことが、自身のストレスマネジメントにつながります。
「謝らない人」との付き合いは、時に大きなストレスを伴います。しかし、彼らの心理メカニズムや、その行動が個人的なものではない可能性を理解することで、感情的な巻き込まれを防ぎ、冷静に対応できるようになります。本書が提供する洞察は、そのような困難な人間関係の中で、自身の心の平穏を保ちながら適切に対処するための重要な手がかりとなるでしょう。無駄なストレスを抱え込まず、状況を客観的に管理することが、こうした関係性において最も賢明な道と言えます。
参考文献
榎本博明 著『絶対「謝らない人」: 自らの非をけっして認めない人たちの心理』詩想社新書