トカラ列島地震1300回超 住民不安と「7月大災害説」デマの経済影響

日本の南西部に位置する鹿児島県トカラ列島付近で、震度1以上の地震が1300回を超える群発地震が続いており、住民の間に不安が広がっています。この地震活動は過去の事例を上回る頻度で発生しており、地元住民の生活に影響を及ぼしています。一方で、今回の地震とは科学的な関連がないとされる「2025年7月大災害説」といったデマがSNSなどで拡散し、日本国内の旅行・観光産業に無視できない経済的打撃を与える懸念が高まっています。

気象庁によると、トカラ列島悪石島では、特に夜間から朝方にかけて比較的強い揺れを伴う地震が相次いで観測されています。この地域では2023年や2021年にも地震活動が活発化しましたが、今回の震度1以上の地震回数は、先月21日から今月5日午後7時までの約2週間で1350回を超え、過去の群発地震と比較しても顕著に多い状況です。中には、人や建物に被害を及ぼす可能性のある震度5強クラスの強い揺れも数回発生しました。地震の「震度」は、地面の揺れの強さや、それによって引き起こされる被害の程度を示す指標であり、震度5強では固定されていない家具が倒れるなど、具体的な影響が出始めます。幸いなことに、現時点で大きな人命被害や建物の全壊といった深刻な被害は報告されていませんが、長引く地震活動が住民の心身に負担をかけています。

トカラ列島悪石島付近の地震活動マップと震度情報トカラ列島悪石島付近の地震活動マップと震度情報

住民生活への影響と避難の状況

度重なる地震により、悪石島をはじめとするトカラ列島の住民は、睡眠不足や疲労困憊を訴えるなど、厳しい状況に置かれています。「いつまた大きな揺れが来るか分からない」という不安から、島の外への避難を選択する住民も増えています。しかし、島外への避難が困難なケースも存在します。例えば、牛などの家畜を飼育している住民は、世話のために島を離れることが難しく、地震が続く中で家畜のケアを続けています。当初、家畜も揺れにストレスを感じていたようですが、あまりに頻繁な揺れに「慣れてしまったのか、動きが鈍くなってきた」と話す住民もおり、長期間にわたる地震活動の影響が家畜にも及んでいる様子がうかがえます。

科学的見解と広がるデマの否定

今回のトカラ列島での群発地震は、今後30年以内に80%程度の確率で発生が懸念されている巨大地震「南海トラフ地震」と関連付けられ、不安を増幅させる要因の一つとなりました。また、最近になって過去の漫画に描かれた「2025年7月に日本で大災害が発生する」という内容が再び話題となり、これが現在の地震活動と結びつけられる形でSNSなどで広く拡散され、人々の不安をさらに煽っています。

しかし、日本政府および科学界は、これらの不安やデマに対し明確な否定的な見解を示しています。気象庁の担当者は、今回のトカラ列島の地震活動と南海トラフ地震の間には科学的な直接関連は確認されていないと述べています。さらに、「7月大災害説」のような日時・場所・規模を特定した地震予知は、現在の科学的知見では極めて困難であり、特定の予言や説に科学的根拠は一切ないことを強調しています。年間を通してみれば、日本国内では震度1以上の地震が平均して約2000回発生しており、多い年には6000回を超えることもあります。この事実からも、特定の予言が偶然に現実の地震と重なる可能性はゼロではないが、それに科学的な意味はないと専門家は指摘します。

兵庫県立大学の木村玲欧教授(防災心理学)は、こうした状況が「不安が不安を呼ぶ」現象を引き起こしていると分析しています。人々は不安を感じると情報を集めようとしますが、その過程で信頼性の低い情報まで受け入れてしまう傾向があり、さらに不安を増幅させてしまう可能性があると警鐘を鳴らしています。科学的な知識を持つ人でも、こうした情報に繰り返し触れることで、無視できなくなることがあると付け加えており、情報リテラシーの重要性を指摘しています。

地震が続く悪石島での住民生活の様子地震が続く悪石島での住民生活の様子

デマによる経済的損失への懸念

科学的根拠のないデマが沈静化しないことは、特に観光業界を中心に深刻な経済的影響をもたらす可能性が指摘されています。野村総合研究所のエコノミストである木内登英氏は、最近の報告書で、「科学的根拠のない7月の大規模自然災害に対する憶測が日本旅行需要に水を差している」と指摘し、最大で5600億円規模の経済的損失が発生する可能性があると試算しています。

木内氏は、この背景には1999年に出版された漫画「私が見た未来」の影響があると説明しています。この漫画の最新版には、2025年7月5日に日本を含む太平洋周辺国家で地震と津波が発生するという予言が描かれているとされ、これがアジア諸国を中心に広がり、「夏場の訪日旅行を控える」といった動きにつながっている現状を分析しています。この風評被害による経済的な影響は無視できないレベルに達していると述べています。

デマによる観光への影響 イメージ写真デマによる観光への影響 イメージ写真

今後の課題と展望

幸いにも、予言されている大規模自然災害が実際に発生しないことが確認されれば、訪日観光客は秋以降、元の水準に戻る可能性が高いと見られています。しかし、今回の騒動をきっかけに、日本が地震が多い国であることが改めて強く認識された場合、アジア諸国での日本への旅行控えが、単なる一時的な現象ではなく、部分的に定着してしまう可能性も否定できないと木内氏は指摘します。そのため、日本が他国に比べて地震への備えが進んでいることなどを積極的に海外にアピールするなど、外国人観光客の「日本離れ」を防ぐための努力が必要であると提言しています。

今回のトカラ列島での群発地震は、住民の安全確保と生活支援が最優先されるべき課題ですが、それに付随して拡散するデマが社会や経済に与える影響も看過できません。正確な情報発信と科学的根拠に基づいた冷静な対応が、地震そのものへの備えと同様に重要となっています。


【参考資料】

  • NHK ニュース記事
  • 気象庁 記者会見資料
  • 朝日新聞 インタビュー記事
  • 野村総合研究所 経済分析レポート