タレント・中居正広氏の「性暴力問題」発覚以来、信頼失墜が続くフジテレビ。2024年6月25日の株主総会を終え、再建への道は模索されていますが、回復には時間がかかりそうです。しかし、今、信頼の危機に直面しているのはフジテレビだけではありません。かつて、日本の若者にとって最高の「憧れの職場」であったテレビ局は、就職人気ランキングのトップ100から姿を消して久しいのが現状です。元NHKアナウンサーである今道琢也氏の著書『テレビが終わる日』から、このメディア業界における大きな変化を深く掘り下げてみましょう。テレビ局への就職を目指す多くの就活生にとって、かつては夢のような場所だったこの業界は、今どのように見られているのでしょうか。
かつては「高嶺の花」、内定は「宝くじ当選」
テレビ局への就職活動のイメージ。かつて高嶺の花だったテレビ業界の扉を開こうとする若者たち。
私が学生時代、テレビ局は非常に人気の高い就職先でした。周囲には、キー局を含む多くのテレビ局にエントリーシートを提出する友人が数多くいましたし、採用試験の会場では、大学内でよく見かける顔ぶれに何度も遭遇しました。当時の就職活動において、テレビ局、特に民放キー局はまさに「高嶺の花」であり、その狭き門を突破することは非常に困難でした。
当時、学生の間で広く読まれていた就職情報誌の一つに、ダイヤモンド社から出版されていた「業界別カイシャ・ミシュラン 会社図鑑!」があります。この書籍は、業界ごとの主要企業の社風や、そこで働く現役社員の生の声を集約したもので、学生たちが企業のリアルな姿を知るための貴重な情報源でした。私が就職活動をしていた1999年版の「’99 地の巻」を開くと、テレビ局のページには衝撃的な見出しが踊っていました。
「就職内定という宝くじに当たれば日本一の給料とりになれる!!」
この見出しは、主に民放キー局を指していたと考えられます。民放キー局は、NHKと比較して採用人数が極端に少なく、そのため就職競争は極めて熾烈でした。加えて、民放キー局の平均年収は、日本国内の上場企業の中でも常に最上位クラスに位置しており、「内定イコール宝くじ当選」と表現されるのも、決して大げさな比喩ではなかったのです。特に、華やかなイメージのある番組制作に関わる部署は、就活生からの絶大な人気を誇っていました。
就職人気ランキングに見るテレビ局の凋落
フジテレビ本社ビル。タレントの性暴力問題など、信頼失墜に直面するテレビ局の現状を示す。
では、時代は下り、現在、就職先としてのテレビ局の人気はどのように変化しているのでしょうか。企業の就職人気度を測定するための代表的な資料の一つに、「就職人気企業ランキング」があります。これは、様々な出版社や就職情報サービス会社が、全国の大学生や大学院生を対象にアンケートを実施し、企業の人気度を順位付けしたものです。ここでは、就職活動の動向を長年追っている東洋経済新報社の「就職四季報総合版」に掲載されているランキングデータを基に、テレビ局の就職人気度がどのように推移してきたのかを見ていきましょう。
まず、比較的近年のデータとして、2014年卒のランキングを確認すると、テレビ局は依然として高い人気を維持していたことが分かります。この年、NHKが全体で14位にランクインしたのを筆頭に、民放キー局のほとんどが上位100社の中に名を連ねていました。特に、トップ50圏内に限定しても、NHKの他にフジテレビ、日本テレビの3社がランクインしており、テレビ局という業界全体が高い人気を誇っていた時代であったことが明確に示されています。
しかし、この2014年以降、状況は一変します。「就職四季報総合版」のその後のランキングを追っていくと、テレビ局各社は徐々に順位を下げていき、現在ではかつてのようにトップ100の中に複数の局が安定してランクインすることはなくなりました。特に、キー局でさえ100位圏外に位置することが珍しくなくなり、「就職人気企業ランキング」からテレビ局の名前が消えることが常態化しています。かつて「高嶺の花」と称され、内定獲得が「宝くじ当選」に例えられたほどの人気は、急速に失われてしまったのです。この変化は、単に特定の局のスキャンダルだけでなく、メディア環境の変化、若者の価値観の多様化、そして業界全体の将来性に対する懸念など、複数の要因が複雑に絡み合って生じた結果と言えるでしょう。
信頼回復と将来への課題
かつて圧倒的な人気を誇ったテレビ局が、就職人気ランキングで大きく後退した現状は、マスコミ業界全体の大きな変化を象徴しています。高収入や華やかな仕事内容といった魅力だけでは、現代の若者を引きつけられなくなっているのかもしれません。近年の不祥事による信頼失墜や、インターネットメディアの台頭による「テレビ離れ」なども、人気凋落に影響していると考えられます。
テレビ局が再び若者にとって魅力的な職場となるためには、単に待遇面だけでなく、組織文化の改善、新しいメディア環境への適応、そして何よりも視聴者や社会からの信頼回復に向けた真摯な努力が不可欠です。かつての栄光を取り戻す道は険しいですが、メディアとしての公共性を担うテレビ局には、その価値を再定義し、次世代の才能を引きつけるための改革が求められています。
参考文献:
今道琢也著『テレビが終わる日』(新潮社)