英国政府は2024年6月24日、国家安全保障を大幅に強化する重大発表を行った。具体的には、新たにF-35A戦闘機12機を導入し、NATO(北大西洋条約機構)の核・非核両用機(DCA)による核任務に参加するという内容だ。これは、英国の国防政策、特に核抑止戦略において注目すべき転換点となる可能性がある。
英国政府は当初、F-35戦闘機を合計138機調達する計画であり、これらはすべて短距離離陸垂直着陸が可能なF-35Bタイプとなる予定だった。F-35Bは空母からの運用に適しているが、核兵器搭載の計画はない。今回の発表は、計画されていた12機のF-35Bをキャンセルし、代わりに12機のF-35Aを調達するというものだ。F-35AはF-35Bに比べて構造が比較的単純であり、英国政府は「納税者は航空機1機あたり最大25%の節約になる」と、コスト削減効果も強調している。しかし、この決定の真の意義は、F-35Aが核兵器搭載能力を持つ点にある。英国政府は、米国で生産中の新しいF-35Aの導入が、安全保障を大幅に強化できると説明しており、これは単なるコスト削減以上の戦略的な意図があることを示唆している。
英国核兵器政策の変遷と今回の意義
現在の英国は、核拡散防止条約(NPT)で核兵器保有が認められている5カ国(米、露、中、英、仏)の中で、唯一、戦術核兵器を保有せず、原子力潜水艦から発射する戦略核弾道ミサイル(トライデントII D5)のみを保有している国である。冷戦期には、爆撃機や戦闘攻撃機に搭載するWE.177核爆弾を最大107個保有していたが、冷戦終結後の1998年にこれらをすべて退役させた。これにより、英国の核抑止力は海中を密かに移動する弾道ミサイル原子力潜水艦(SSBN)に搭載された戦略核兵器、いわば「見せない核抑止」のみとなっていた。
英国が導入決定したF-35戦闘機のイメージ
潜水艦による「見せない抑止」は生存性が高いという利点がある一方で、潜在的な敵にその存在を認識されにくく、抑止効果が限定的になる可能性があるという指摘もある。今回のF-35A導入とNATO核任務への参加は、「英国独自の空中発射核兵器を退役させて以来、初めて、英国空軍に核兵器の役割を再導入することになる」と英国政府自身が述べているように、約半世紀ぶりに航空機搭載型の核兵器の運用能力を英国にもたらすことになる。これは、敵にその能力を「見せつける」ことで抑止力を高める、新たな核抑止の形態への回帰とも解釈できる。NATOのDCA任務は、同盟全体の核抑止力の重要な部分であり、英国の参加はNATOの集団的防衛能力強化にも貢献すると評価されている。
独自の核爆弾製造能力と今後の行方
英国は現在、2021年時点で約225個の核弾頭を保有していたとみられている。トライデントII D5ミサイル自体は米国製だが、それに搭載されるMk4/Aホルブルック核弾頭は英国が独自に開発・生産したものである。このことから、英国には独自の核弾頭を設計・製造する技術的な素地があると考えられる。
航空機搭載用の核爆弾を製造する上で重要な要素の一つがプルトニウムの供給である。英国政府は2025年1月24日に「プルトニウム処分戦略」を発表し、民生用プルトニウム在庫を混合酸化物燃料(MOX)として再利用することなどを検討しつつ、貯蔵されているプルトニウムを固定化する方針を示した。IPFM(国際核分裂物質に関するパネル)によれば、英国内には他国から預けられた分を含め、処分を待つ140.9トンのプルトニウムが存在する(2025年1月25日時点)。核弾頭1個に必要なプルトニウムの量は様々だが、技術的には新規の核兵器製造に必要なプルトニウムが存在する可能性は高い。
F-35Aステルス戦闘機がB61-12模擬弾を投下する様子
しかし、実際に英国政府や国民が、新たな「見せる核抑止」のため、航空機搭載用の核兵器製造に踏み切るのかどうかは、今後の政治判断と国際情勢にかかっている。今回のF-35A導入は、そのための選択肢を英国にもたらすものと言える。NATO欧州においては、英国以外にも今年に入って新たな核戦略に関する議論や動きが見られており、今後の展開に関心が集まる。
英国のF-35A導入とNATO核任務への参加は、英国の核抑止戦略に新たな側面を加えるとともに、冷戦後変化してきた欧州の安全保障環境、特にロシアのウクライナ侵攻以降の情勢を受けたNATO全体の核抑止力再構築の動きと連動している可能性が高い。今後の英国の具体的な核運用計画や、民生用プルトニウムの扱いに加えて、他のNATO加盟国の同様の動きも注視していく必要があるだろう。
参照元:
- FNNプライムオンライン
- IPFM (国際核分裂物質に関するパネル) – 2025年1月25日発表内容
- CENTER FOR ARMS CONTROL AND NON-PROLIFERATION – 核弾頭生産に必要なプルトニウム量に関する情報