日本の生産年齢人口が急速に減少の一途をたどる中、政府は経済活動を維持・拡大するため、外国からの労働力を積極的に「確保」する政策を推進しています。特に働き手不足が顕著な特定産業分野においては、2028年度末までに100万人を大きく超える外国人材を受け入れる計画が進められています。しかし、7月20日投開票予定の参院選では、過度な受け入れに懸念や否定的な見解を示す政党が注目を集めており、外国人労働者受け入れ拡大による経済的メリットと、国民感情や社会への影響との間で議論が巻き起こっています。
日本政府の外国人材「確保」戦略とその背景
2024年時点で、日本国内で働く外国人労働者は永住者や留学生のアルバイトを含め約230万人に達しています。政府は、このうち特定の産業分野で専門性や技能を持つ外国人労働者を今後さらに大幅に増やす方針を掲げています。この取り組みは、工業製品や飲食料品の製造業、介護など、恒常的な人手不足に悩む分野を中心に進められています。
その具体策として、政府は2024年に改正された出入国管理及び難民認定法(入管法)などに基づき、これまでの技能実習制度を抜本的に見直しました。かつて「母国への技術移転による国際貢献」を主目的としていたこの制度は、「人材の育成・確保」を明確な目的とする育成就労制度として再出発し、2027年4月からの運用開始が予定されています。
加えて、外国人材の受け入れを促進する既存の特定技能制度についても、対象となる産業分野を現在の16分野から19分野へと拡大する方向で検討が進められています。この19分野のうち、17分野は育成就労制度の対象ともする方針であり、これが実現すれば、多くの外国人材を日本国内で育成し、人手不足が深刻な産業分野で継続的に就労してもらうための包括的な枠組みが整うことになります。
育成就労制度の大きな特徴は、一定の要件を満たした技能実習生などが、特定技能の在留資格へ移行できる点です。問題なく一定期間働き、必要な条件をクリアすることで「特定技能2号」が付与されると、在留期間の更新に制限がなくなり、事実上の永住に道が開かれる可能性があります。
政府の計画によると、2028年度末までに既存の特定技能制度を利用して受け入れられる外国人の見込み数は82万人です。これに育成就労制度を通じて在留資格を得る外国人を加えれば、2028年度末には受け入れ規模が100万人を大きく超える見通しだと、出入国在留管理庁(入管庁)の担当者は述べています。
政府がこのように外国人労働者の受け入れ拡大を急ぐ背景には、単に国内の生産年齢人口が減少していることだけでなく、アジアの近隣諸国、特に韓国との外国人材「獲得競争」が激化している現状があります。かつては治安の良さや高賃金が日本の強みとされていましたが、2024年9月時点での日本の最低賃金が時給1055円であるのに対し、韓国は約1103円(1ウォン=0.11円換算)と、日本を下回る水準となっています。
円安傾向も相まって、近年はベトナムやインドネシアなどから日本ではなく韓国へ働きに出る人の増加が顕著だと、入管庁は指摘しています。ある政府関係者は、「韓国は国を挙げて外国人材の獲得に動いており、その点では日本は後れを取っている」と述べ、政策推進の重要性を強調しています。
日本の建設現場で働く人々。少子高齢化による生産年齢人口減少が進む中、外国人労働者の受け入れ拡大が政策課題となっている状況を示唆。
参院選の争点としての外国人政策:各党のスタンス
政府が進める外国人労働者受け入れ拡大方針は、迫る参院選の結果次第では影響を受ける可能性も否定できません。参院選での躍進を狙う参政党の神谷宗幣代表は、日本外国特派員協会の記者会見で、「日本の国は日本人の力で運営していきたい」と述べ、党の基本方針を示しました。神谷氏は、日本の人口が8000万人に減っても社会は回せると主張し、外国人労働者の受け入れはあくまで「(日本人の)若い労働力の足りないところに」限るべきであり、「減っていく(日本の)労働力を、外国の安い労働力で埋める考え方は違う」との見解を示しました。「外国人排斥を考えているわけではない」としつつも、滞在期間を区切った「労働力」として考えるべきだと語りました。
参政党は選挙公約において、「目先の人材不足を補うための行き過ぎた外国人労働者流入を抑える」と明確に打ち出しています。具体的には、単純労働者の受け入れ人数制限、永住や家族の呼び寄せ条件の厳格化、そして特定技能・育成就労制度の見直しなどを政策として掲げています。
これに対し、前出の政府関係者は、「きちんとやっている外国人を大事にするという軸を外れてはいけない」との認識を示し、今後は外国人との「共生のための環境整備が必要になってくる」と述べています。
主要政党の参院選公約における在留外国人に関する政策も多岐にわたります。自民党は「違法外国人ゼロ」に向けた取り組み加速や、円滑かつ厳格な出入国・在留管理体制整備を重視。公明党はルールに基づく受け入れと違反者への厳正な対応、社会保険料未納防止、多文化共生による活力向上を掲げています。立憲民主党は「多文化共生社会基本法」の制定と外国人一般労働者雇用制度の整備を推進。日本維新の会は無秩序な増加や地域摩擦を防ぐため、外国人比率の上昇抑制や受け入れ総量規制を含む人口戦略の策定、外国人政策の一元管理を主張しています。国民民主党は育成就労制度の厳格な運用と、来日する子どもの日本語教育や日本の文化・制度教育への国の主体的対策を求めます。共産党は「特定技能」新設による受け入れ拡大に反対し、基本的人権の保障と生活支援体制の整備、入管法の抜本的改正を訴えています。れいわ新選組は自公政権の「移民政策」を日本の労働者賃金下押し圧力とみなし、低賃金労働力導入に反対する立場です。
経済と社会への影響:専門家の視点
外国人材の受け入れ拡大が日本経済や社会にどのような影響を与えるかについて、専門家は様々な視点を持っています。SMBC日興証券のエコノミストである野田一貴氏は、「日本社会が人口減少に直面する中で、外国人労働者の確保は人手不足の緩和につながり、特に建設現場などで深刻な働き手不足がある現状では、政府が受け入れに動くのはやむを得ない」と見ています。マクロ経済の視点では、人材確保はプラスの面が大きいとの分析です。
一方で、野田氏は「他の先進国では移民問題が様々な衝突を生み、国民の分断や政治の不安定化につながっている例もある」と指摘します。日本では、外国人労働者に雇用を奪われるという感覚よりも、治安悪化や地価高騰など、生活を圧迫されているという感覚が国民に広がっている可能性があり、参院選での一部政党の躍進はその表れかもしれないと分析しています。
深刻な人手不足に苦しむ日本社会において、外国人を全く受け入れないという考え方は現実的ではない、というのが多くの専門家の共通認識です。野田氏は、「治安対策や住宅政策など、各論で国民の不安解消を図りつつ、外国人との共生社会の実現を目指していく方向性が妥当ではないか」と提言しています。外国人労働者受け入れ拡大は、経済的必要性から避けられない流れとなりつつある中で、いかにして社会的な課題を克服し、全ての住民にとって安心できる環境を築いていくかが、今後の日本社会にとって極めて重要な課題となるでしょう。