ドナルド・トランプ前米大統領が、米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長に事実上の「勇退」を公に促し、金利政策やFRB本部改修費用の「詐欺」疑惑を巡る圧力を強めている。この動きは市場に動揺を与え、FRBの独立性に関する懸念が浮上している。
2017年、ホワイトハウスでFRB議長候補(当時)パウエル氏を見守るトランプ大統領
パウエル議長への「辞任勧告」と「詐欺」疑惑
トランプ前大統領は16日、保守派メディア「リアル・アメリカズ・ボイス」のインタビューに応じ、「パウエル議長が辞任を望むならば非常に良いだろう。彼の辞任は彼自身にかかっている」と発言し、公然とパウエル議長の辞任を促した。さらに彼は、「もし私が彼を解任すれば市場を混乱させると人々は言うが、彼がFRBで行った『詐欺』のため、多くの人が彼を更迭すべきだと主張している」と付け加えた。これは、市場の動向を意識しつつも、パウエル議長が不正行為を行ったと見なされれば、強制的な更迭もあり得るという強い姿勢を示唆するものである。
トランプ氏がここで言及する「詐欺」疑惑とは、パウエル議長の在任中に実施されたFRB本部の建物改修工事に関連する。この工事では、屋上庭園や人工滝といった豪華な設備が設置された結果、当初の計画よりも7億ドルも増加し、総費用が25億ドルに達したとされている。トランプ前大統領は、この改修を経たFRBの建物が「世界で最も高価な建物の一つ」になったと厳しく批判している。
解任カードの準備と議会への働きかけ
トランプ前大統領は、パウエル議長の解任という強硬な選択肢も準備している模様だ。ニューヨーク・タイムズ紙とブルームバーグ通信の報道によると、トランプ氏は15日にホワイトハウスで共和党下院議員12人と会談し、パウエル議長解任書簡の草案を議員たちに見せ、彼らの意見を求めたという。報じられたところでは、会談に参加した議員の大部分が解任を支持する姿勢を示したとされる。この報道に対し、トランプ氏は「我々は何も計画していないが、いかなる可能性も排除しない」とコメントし、解任の選択肢が依然として存在することを示唆した。
利下げ要求の背景:高金利と巨額な国家債務
トランプ前大統領がパウエル議長に大きな不満を抱く主な理由は、FRBが現在の4.5%水準の政策金利を大幅に引き下げる自身の要求に応じないことにある。彼はこれまで、「1%台の金利が米国経済にロケット燃料を注ぎ込むだろう」と繰り返し強調し、利下げの必要性を訴えてきた。さらに14日には、「スイスの金利が最も低いが0.5%水準だ。我々はさらに低くなければならない」と述べ、0%台の金利にまで言及するほどであった。
この強力な利下げ要求の背景には、現在36兆2100億ドルという巨額に達する米国の国家債務がある。トランプ氏は、FRBが金利を引き下げることで、米国政府が負担する莫大な国債利子を軽減し、国家財政の健全性を確保すべきだと主張している。彼は具体的に、「(金利が)1%であれば3600億ドルの費用がかかり、2%ならば6000億~7000億ドルかかる。これはあまりにも高すぎる」と述べ、高金利が財政に与える悪影響を批判的に指摘した。
FRBの独立性と市場の反応
しかし、トランプ前大統領が主張するような強制的な利下げの試みが、かえって逆効果を招きかねないとの懸念も専門家から出ている。ロイター通信は、「トランプ氏が主張する低金利は、米国経済が危機に瀕した際に必要な対応策である一方、米国は現在、完全雇用(失業率4.1%)に近く、物価上昇率もFRBの目標値である2%を上回っている」と指摘。現在の経済状況においてFRBが政治的圧力に屈服し、金利を強制的に引き下げた場合、むしろ米国債市場に予期せぬ悪影響を生みかねないと警鐘を鳴らしている。
実際に、パウエル議長の解任説が浮上したこの日の市場は大きく動揺した。30年物米国債利回りは一時5.08%まで上昇し、S&P500指数も取引時間中に0.7%下落するなど、投資家心理の敏感さが露呈した。こうした市場の反応を受け、バンク・オブ・アメリカのブライアン・モイニハン最高経営責任者(CEO)、ゴールドマン・サックスグループのデビッド・ソロモンCEO、JPモルガン・チェースのジェームズ・ダイモン会長といった米国の主要銀行トップらは一斉に、「FRBの独立性が極めて重要である」との見解を示し、金融政策の政治からの自由を支持する姿勢を明確にした。
結論
この一連の動きは、米国の金融政策の方向性、さらにはFRBの独立性という重要な原則に深刻な問いを投げかけている。トランプ前大統領のパウエル議長への圧力は、低金利による経済活性化と巨額な国家債務の利子負担軽減という自身の政策目標達成を目指すものだが、市場や主要金融機関のトップは、FRBの政治からの独立が金融システム安定の要であると強く訴えている。
今後、大統領選挙を控える中で、トランプ氏のFRBへの干渉がどのような展開を見せるのか、そしてそれが米国経済や世界の金融市場にどのような影響を与えるのか、引き続き注視する必要がある。
参考文献
- ロイター通信 (Reuters)
- ニューヨーク・タイムズ (The New York Times)
- ブルームバーグ通信 (Bloomberg)
- リアル・アメリカズ・ボイス (Real America’s Voice)
- Source link: news.yahoo.co.jp/articles/dc7f74b59043c3e4b7fbe4222651948af315a915