大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の物語が進行する中、視聴者の心に深く刻まれているのは、主人公だけでなく、その存在感を際立たせる“悪役”たちの描写です。彼らが放つ冷酷さ、狡猾さ、あるいは狂気的な魅力は、作品全体にスリリングな緊張感をもたらし、ドラマの奥行きを深めています。中でも前半戦で特に印象的だったのが、松前家当主・松前道廣を演じたえなりかずきの演技です。彼の熱演がどのように道廣というキャラクターの異常性を描き出し、視聴者に恐怖心を植え付けたのかを詳細に分析します。
大河ドラマ「べらぼう」第16話より、物語の緊張感を高める場面
えなりかずきが演じる松前道廣の“恐怖の笑顔”
松前道廣(えなりかずき)は、登場するやいなや、その異様な振る舞いで視聴者に強烈な印象と恐怖心を抱かせました。彼が初めて姿を現したのは、第21回「蝦夷桜上野屁音」でのことです。治済(生田斗真)や意次(渡辺謙)ら要人が集う宴の席で、道廣はなんと自身の家臣の妻を桜の木に縛り付け、火縄銃の標的にするという猟奇的な行動に出ます。銃を構える道廣の顔には一切の躊躇がなく、むしろ弾を放つこと自体を愉しんでいるかのような冷酷な笑みが浮かんでいました。銃弾が女性の頭上に置かれた皿を打ち砕く音と、その悲鳴が静寂に包まれた宴会場に響き渡る様は、まさに戦慄でした。
大河ドラマ「べらぼう」で松前道廣を演じるえなりかずきの演技の深さ
さらに、第24回「げにつれなきは日本橋」では、道廣の異常性がより一層明確に示されます。彼は穏やかな口調で「まこと 熊のごとき大男であることよ 果たしてそなたは人か熊か確かめねばな」と呟きながら、杭に繋がれた家臣に平然と銃口を向けていました。悲鳴を上げる家臣を冷酷な眼差しで見つめ、口元には歪んだ笑みが浮かぶ。その笑顔の奥には、計り知れない悪辣さと狂気が渦巻いているのが見て取れました。
道廣の異常性は、まさにその「笑顔」に集約されています。残虐で常軌を逸した行為を何事もなかったかのように、あるいは心底愉しむかのように行う彼の姿は、理性という仮面をかぶった純粋な狂気そのものです。その微笑を一度見ただけで、彼の素性を知らぬ者でさえ、底知れない恐ろしさが潜んでいることを察するでしょう。
えなりかずきは、この松前道廣という難役を、極めて繊細かつ鮮烈な演技で体現しています。声のトーン、視線の微かな揺れ、口元に浮かぶ不気味な笑み——そのすべてが綿密に計算され、松前藩という組織に巣食う闇、そして道廣自身の精神的な破綻を強烈に印象づけました。彼の卓越した表現力は、『べらぼう』に予測不能なスリリングな緊張感をもたらし、物語に深みを与えています。
結論
大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』において、えなりかずきが演じた松前道廣は、まさに悪役の存在感を示す象徴的なキャラクターでした。彼の狂気を帯びた笑顔と猟奇的な行動は、ドラマに不可欠な緊張感と心理的な深みをもたらし、視聴者の記憶に深く刻まれました。えなりかずきの怪演は、作品のエンターテイメント性を高めるだけでなく、人間が持ちうる闇の部分を鮮烈に描き出し、物語に多層的な魅力を加えています。今後も『べらぼう』がどのような展開を見せるのか、そして他の“悪役”たちがどのように描かれていくのか、その動向から目が離せません。
参考文献
- 大河ドラマ『べらぼう』前半戦 存在感を放った“悪役”たち【えなりかずき】
- ©NHK
- Getty Images