トランプ前米大統領が各国からの輸入品に高額な関税を発動させようとする動きは、国際社会に一時的な大混乱を引き起こし、自由貿易の国際的原則が破壊されるのではないかとの懸念を広げました。多くの報道機関は、自国中心主義の風潮が各国で勢いを増すことへの危惧を示し、ジョン・ボルトンをはじめとする内外の要人からは、この政策が「非常に破壊的となる」と強い批判が寄せられています。しかし、元外交官で作家の佐藤優氏は、これらの一般的な見方とは異なる独自の視点から、この「トランプ関税」の真意を読み解きます。
「破壊的」と評される関税政策の深層
トランプ氏の関税政策は、単に貿易赤字の是正を目指すだけではありません。佐藤氏は、その真の目的は、兵器から自動車、家電に至るまで、あらゆるものをアメリカ国内で完全に製造できる体制を構築することにあると指摘します。一般的には、トランプ関税が自由貿易を破壊し、世界経済に悪影響を及ぼすという見方が主流です。しかし、佐藤氏はこうした見方に対し、異なる意見を持っています。トランプ氏が掲げる「アメリカ・ファースト」の政策は、一見すると保護主義的に映るかもしれませんが、その背後にはより壮大な国家戦略が隠されているというのです。
トランプ大統領の保護主義的な関税政策が世界経済に与える影響を示す地図とビジネスマンのイメージ
アメリカ製造業の課題とエンジニア不足の実態
アメリカが国内製造業の完全回帰を目指す上で直面する主要な課題の一つは、優秀なエンジニアの不足です。エマニュエル・トッドは、2019年時点でアメリカの高学歴層に占めるエンジニアの割合がわずか7.2%に過ぎないことを指摘しており、これがアメリカの生産力低下の一因となっていると分析しています。国内で急激にエンジニアの数を増やすことは困難であり、この傾向を根本的に改善するのは難しいという認識が広まっています。この人材不足は、アメリカが製造業の強国としての地位を再確立するための大きな障害となっているのです。
海外からの優秀な人材誘致:アメリカの新たな活路
国内でのエンジニア育成が困難であるという現状に対し、佐藤氏は「熟練労働者が不足しているからといって、自国民のみを育成する必要があるとは限らない」という逆転の発想を提示します。具体的には、中国やインド、そして日本の優秀なエンジニアをアメリカに積極的に呼び込むことが現実的に可能だと述べています。アメリカ政府も企業も潤沢な資金を有しており、労働環境を整えさえすれば、優秀な人材が国外から移住する可能性は非常に高いと見られています。
現在のアメリカ国内は、確かにエンジニアを惹きつける魅力を持っています。例えば、日産の新設工場で働く労働者の年収はすでに1000万円を超えており、20代の熟練工であれば1500万円程度の高給を得ているケースもあります。住宅費は日本より高いものの、食料品を自炊でまかなえば生活費そのものは日本と大きく変わらないという現実があります。このような状況下で、もし20代の日本人が1年間アメリカで働けば、500万〜600万円の貯蓄は十分に可能であり、5年間働けば3000万円近い貯金を手にすることも夢ではありません。さらに、この間に英語能力が飛躍的に向上するという副次的なメリットも得られるため、日本人エンジニアにとっても魅力的な選択肢となり得るでしょう。
保護主義を超えた戦略的選択
トランプ前大統領の関税政策は、単なる保護主義的な動きとして片付けられるべきではありません。佐藤優氏の分析によれば、その政策の核心には、海外からの優秀な人材を戦略的に活用することで、アメリカ製造業の完全な国内回帰と生産力強化を目指すという壮大な国家戦略が隠されています。このアプローチは、今後の国際経済やグローバルな人材流動に大きな影響を与える可能性を秘めており、その動向は引き続き注視されるべき重要なテーマです。