日本のAI・半導体戦略:10兆円投資とラピダスの挑戦、そして地政学リスクへの対応

日本政府はAI(人工知能)と半導体分野への大規模な公的支援として、10兆円規模の投資を決定しました。この巨額な資金が投じられる中で、特に注目を集めるのが、北海道に次世代半導体工場の建設を進めるファウンドリー(製造受託)企業「ラピダス」の存在です。しかし、国内の半導体ファブレス(設計専門)産業が依然として脆弱な状況では、この巨額な投資が真の成功をもたらすのか、その行方が問われています。本稿では、日本政府の新たなAI・半導体戦略の全貌と、ラピダスが担う役割、そして国際社会における半導体供給網の課題について深掘りします。

日本政府、AI・半導体強化に10兆円の公的支援を閣議決定

2024年10月に発足した石破茂内閣は、同年11月に新たな経済対策の一環として、2030年度までにAIと半導体の技術・産業強化に総額10兆円の公的支援を実行する方針を閣議決定しました。これは、これまで台湾積体電路製造(TSMC)やラピダスといった主要企業へ個別に投じられてきた助成金を統合し、中長期的な視点からAI・半導体分野の育成を目指す新たな基金とするものです。

ラピダスは、2027年春に最先端半導体の量産開始を目指しており、本格的な事業スタートに向けては多大な資金が必要です。これまでに投じられた9200億円を含め、量産体制の確立には総額5兆円もの資金が必要と見込まれています。ラピダス会長の東哲郎氏は、2024年12月の日本経済新聞の取材に対し、設備投資の約半分は民間からの出資や銀行融資など、民間資金で賄う必要があるとの見解を示しました(注1)。この発言は、裏を返せば2兆円を超える規模の公的資金投入への強い期待を示唆しています。政府が打ち出した2030年までの10兆円という予算枠が、2025年通常国会で予算関連法として成立すれば、ラピダスの期待に応える制度的な枠組みが整うことになります。

日本の半導体産業強化とAI投資を示すチップと回路のクローズアップ画像日本の半導体産業強化とAI投資を示すチップと回路のクローズアップ画像

半導体業界の「常識」転換:ファウンドリー主導の時代へ

自民党で長年にわたり半導体強化策を主導してきた前衆議院議員の甘利明氏は、2024年12月に江東区有明で開催された「SEMICON JAPAN 2024」での基調講演において、「半導体の常識は変わった」との持論を展開しました。同氏の主張は、従来の半導体業界をファブレス企業が牽引するという「常識」が覆されつつあるというものでした。

甘利氏は、「ファブレスが半導体の世界を仕切っているとはもはや言えない」と指摘。その根拠として、現在の半導体業界における最大のリスクは、高度に進化する設計に対応し、高い歩留まりで正確に製品として量産できるファウンドリーがTSMC以外にほとんど存在しないことにあると述べました。特に、3ナノメートルや2ナノメートルといった先端微細化プロセスにおいては、TSMC一社に集中する現状が、世界のサプライチェーンにとって大きなリスクであると強調しました。

もし台湾海峡が何らかの事態により封鎖されるような状況になれば、先端半導体の供給が世界的に停止し、リーマン・ショックをはるかに上回る経済的な混乱が世界を襲う可能性を指摘。このことから、TSMCと同等かそれに近い技術を持つファウンドリーをいかに確立するかが、世界のリスクを低減する鍵となると主張し、ラピダスの存在意義がまさにそこにあると結論付けました。

現在、時価総額でマイクロソフトやアップルと肩を並べる世界トップクラスの半導体企業であるエヌビディアでさえ、その供給能力はTSMCの生産能力の割り当てに左右されています。この事実は、世界の半導体産業の主導権が、設計に特化したファブレス企業から、高度な製造技術を持つファウンドリーへと移行しているという見立てを裏付けるものです。したがって、日本が国を挙げてラピダスを育成することは、国家安全保障上の必然性と共に、経済合理性も有するという論理が成り立ちます。

まとめ:日本の半導体戦略とラピダスの未来

日本政府が打ち出したAI・半導体分野への10兆円投資は、国家の経済安全保障と産業競争力強化に向けた極めて重要な戦略です。その中核を担うラピダスの成功は、TSMC一極集中による地政学的リスクを分散し、国際的な半導体供給網の安定化に貢献する可能性を秘めています。

しかし、ファウンドリーであるラピダスが量産を開始しても、国内のファブレス産業が脆弱なままでは、製造した半導体を活用する設計力やイノベーションが不足し、投資効果が限定的になる恐れもあります。今後の日本のAI・半導体戦略は、ラピダスへの大規模な公的支援だけでなく、国内の設計・開発エコシステム全体の強化にも目を向け、真に持続可能な半導体産業の復活を目指す必要があるでしょう。この壮大な国家プロジェクトの成果が、日本の未来を左右することになります。


参考文献

注1: 日本経済新聞,「ラピダス東会長「設備投資の半分、民間の投融資で」」,電子版,2024年12月12日.