7月18日に公開され、早くも大ヒットの兆しを見せる映画「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第1章・猗窩座再来」。炎柱・煉獄杏寿郎との死闘を描いた「無限列車編」に続く注目作として、観客からは絶賛の声が相次いでいます。本作「無限城の戦い」では、蟲柱・胡蝶しのぶが因縁の相手である上弦の弐・童磨とついに激突します。鬼への抑えきれない怒りを抱くしのぶですが、彼女の心の中には、亡き姉・胡蝶カナエの遺言からくる“惑い”も隠されていました。新著『鬼滅月想譚』を出版した植朗子氏が、この映画の重要キャラクターであるしのぶの「怒り」と「葛藤」、そしてその奥に潜む真の姿について深く考察します。
鬼滅の刃 劇場版「無限城編」における蟲柱・胡蝶しのぶの主要キャラクタービジュアル
胡蝶しのぶを突き動かす「鬼への怒り」
映画「無限城編」では、蟲柱・胡蝶しのぶが「いつも自分は怒っていたのだ」と本音を吐露する場面が描かれます。これは彼女の根底にある感情の一つであり、事実です。主人公である竈門炭治郎が鬼殺隊に入隊して間もない頃、蝶屋敷で療養していた炭治郎との会話の中で、しのぶは鬼への憎悪について次のように語っています。
「そう…そうですね 私は いつも怒っているかもしれない 鬼に最愛の姉を惨殺された時から 鬼に大切な人を奪われた人々の 涙を見る度に 絶望の叫びを聞く度に 私の中には怒りが蓄積され続け 膨らんでいく」(胡蝶しのぶ/コミックス6巻・第50話「機能回復訓練・後編」より)
しかし、しのぶは鬼に対してこの「怒り」とは異なる感情も抱いていました。彼女は「鬼と仲良くする夢」があると打ち明け、それを自身では実現できないからと炭治郎に「君には私の夢を託そうと思って」(コミックス6巻・第50話)と告げていたのです。鬼との共存という理想と、鬼への根深い憎悪。この相反する感情が彼女の心に同居するようになった背景には、姉・胡蝶カナエの存在が深く影響しています。
姉・胡蝶カナエの遺言と「慈悲の心」
鬼に対しても慈悲の心を持つ炭治郎に、しのぶは姉・カナエの姿を重ねて言葉を続けます。
「…私の姉も 君のように優しい人だった 鬼に同情していた 自分が死ぬ間際ですら 鬼を哀れんでいました」(胡蝶しのぶ/コミックス6巻・第50話「機能回復訓練・後編」より)
姉の願いを「叶えてやりたい」と願いながらも、どうしても彼女のように「優しく」はなれない自分を、しのぶは自嘲気味に見つめていました。怒りが自分を支配しているような感覚に襲われることもあります。
「あの子たちだって 本当なら今も 鬼に身内を殺されていなければ 今も 家族と幸せに暮らしてた ほんと頭にくる ふざけるな馬鹿」(胡蝶しのぶ/コミックス17巻・第143話「怒り」より)
胡蝶しのぶの戦いの動機は、確かに「強い怒り」が発端となっています。しかし、それは決して復讐心だけではありません。彼女が怒りを感じ、戦うのは、誰かの死、誰かの涙、そしてか弱き人たちの悲しみの連鎖を断ち切るためなのです。蟲柱・胡蝶しのぶは、鬼への怒りを原動力としながらも、その心の奥底には誰よりも深く、人間への慈悲と優しさを秘めていると言えるでしょう。
参考文献:
- 植朗子『鬼滅月想譚』(朝日新聞出版)
- 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』(集英社)