日本が米国との貿易交渉を妥結した中、約束された5500億ドル(約81兆円)規模のファンド設立を巡り、その実現可能性や運営方法について深刻な不確実性が生じている。天文学的な資金の調達源から具体的な運用スキームに至るまで、確実な情報が乏しく、ファンドの行方に対する疑問が深まっているのが現状だ。ブルームバーグ通信は、この5500億ドルファンドこそが日米貿易協定の「最後のパズル」であり、運用方式の不確実性が協定全体の実現性への疑問を増幅させると報じている。
トランプ米大統領、日本からの資金提供と関税引き下げについて言及
巨額ファンドの概要と資金調達の課題
日本は先の日米貿易交渉で、農産物市場の開放やアラスカ液化天然ガス(LNG)プロジェクトへの投資参加に加え、5500億ドルファンドの設立を米国に約束した。日本側代表の赤沢亮正経済再生相は、日本国際協力銀行(JBIC)や日本貿易保険(NEXI)などの公的資金に加え、民間企業の参加を通じてこの巨額を調達する方針を説明している。しかし、5500億ドルは昨年の日本の国内総生産(GDP)の約14%に相当する規模であり、JBICなどの既存の投資実績を考慮すると、その調達は極めて困難との指摘が上がっている。例えば、JBICの昨年の北米投資額はわずか18億ドルにとどまっており、ニューヨークタイムズ(NYT)も「投資が実現するか、資金をどこに投入するかに対する相当な疑問が提起される」と報じている。
既存投資の扱いと収益分配の論争
すでに発表された日本企業の米国への投資が、この5500億ドルファンドに含まれるのかどうかも明確でない。ソフトバンクは昨年、米国の人工知能(AI)プロジェクトに対し1000億ドル規模の投資を発表済みだ。また、日本製鉄も先月、USスチールを141億ドルで買収し、さらに2028年までに110億ドルの追加投資を表明している。これら既存の投資実績をファンドに含めるか否かについて、ベッセント米財務長官は「直接投資約束はすべて新規の資本である」と主張し、既存投資との切り分けを強調している。
さらに、収益分配方式に関しても説明が明確でない点が論争の火種となっている。ラトニック米商務長官はブルームバーグTVで、日本が資金を支援し、運営者に提供された資金の収益90%が米国納税者に分配されると述べた。一方で、日本側は出資の場合の利益配分について、「相互負担する貢献度と危険度に基づいて1対9とする」と説明している。これは、単純な貸し出しではなく出資分に限り、かつ「貢献度と危険度に基づく」という条件を付している点で、一般的な株式会社における出資比率を基準とした分配とは異なる解釈を生み、今後の論争が予想される。
交渉過程の即興性と専門家の見解
このように天文学的な規模のファンドを巡る推測が乱舞する背景には、精緻な議論を経ずに即興的に交渉が進められた実態がある。過去にホワイトハウスのスカビーノ副首席補佐官が公開した写真には、トランプ大統領のテーブルに置かれたパネルに、当初「4」と書かれていた数字に線が引かれ、代わりに「5」と書き直されている様子が確認された。また、同パネルには「利益共有50%」の文字もあったものの、これが交渉過程で米国配当90%へと変更されたことも判明している。これらに対し、赤沢経済再生相は記者団に対し「合意をどう実施していくのか、その実施の確保の仕方みたいな議論はした記憶がない」と告白している。
米メルカタスセンターのルジー上級研究員は、日本が米国に5500億ドルを投資し、米国人が収益の90%を受けるという曖昧な約束は、「真摯な貿易交渉の結果というより選挙の遊説で出てくるような主張」であると厳しく指摘している。
結論
日米貿易交渉で合意された5500億ドルファンドは、その巨大な規模にもかかわらず、資金の調達方法、既存投資の扱い、収益分配の原則、そして交渉過程のいずれにおいても極めて不透明な部分が多い。このファンドの実現可能性とその運用を巡る不確実性は、単に二国間貿易関係に留まらず、日本経済、ひいては国際的な投資環境にも影響を及ぼす可能性がある。今後、日本政府がどのようにこの巨額の資金を調達し、具体的な運用スキームを確立していくのか、その動向が注視される。
参考資料
- ブルームバーグ通信
- ニューヨークタイムズ (NYT)
- ロイター通信
- 聯合ニュース