鬼滅の刃「無限城編」:水柱・冨岡義勇と上弦の参・猗窩座に潜む宿命的共通点と“弱者”の真意

18日に公開された劇場版「『鬼滅の刃』無限城編 第1章・猗窩座再来」は、公開間もなく興行収入100億円を突破し、その快進撃は続いています。本作の大きな見どころの一つが、上弦の参・猗窩座と水柱・冨岡義勇による壮絶な戦いです。この激闘の中で、二人の間に存在する深い縁と共通の要素が浮き彫りになります。

新刊『鬼滅月想譚 ――『鬼滅の刃』無限城戦の宿命論』を著した植朗子氏は、義勇と猗窩座が持つ、運命的な引き合いと“共通要素”について詳細に分析しています。本記事では、同書の一部を抜粋・変更し、彼らの過去、そして「弱者」という言葉に込められた真の意味を紐解きます。

猗窩座(狛治)の悲劇的な人間時代

鬼になる以前、人間だった頃の猗窩座は「狛治(はくじ)」という名で生きていました。病に苦しむ父のために薬を盗むといった行為を繰り返す幼い狛治。まだ11歳という若さで、その両腕には罪人の証である入れ墨が刻まれていました。

狛治の父は、自身の病のために息子が罪を重ねることを深く憂慮し、やがて不幸な最期を迎えます。深い悲しみに打ちひしがれ、世の不条理に激しい憤りを感じていた狛治は、素流(そりゅう)という武術の達人・素山慶蔵に救われる転機に恵まれました。慶蔵の家で暮らし始め、彼の娘・恋雪の看病を任されるようになります。しかし、再び彼を悲劇が襲い、大切な人たちとの別離が繰り返されることになります。

忘れ去られた記憶と心に刻まれた願い

人間時代の狛治の切なる願いは「大切な人たちが死なない」ことでした。そして鬼となった猗窩座の夢は「強さを得る」こと。それは、愛する者たちを何としてでも守り切るための強さへの、途方もない渇望に他なりませんでした。しかし、どんなに守ろうと願っても、彼の目の前から大切な人が消え去っていく現実を前に、彼は無力でした。

「死」は誰にでも訪れる避けられないものであり、決して罪ではありません。しかし、「愛する者の喪失」は、人の心を決定的に深く傷つけることがあります。幾度も繰り返される絶望の淵で、狛治はついに鬼・猗窩座へと変貌を遂げました。そして、鬼となった彼は、大切だった記憶や、幸せだった頃の温かい思い出さえも“忘れて”しまったのです。

猗窩座が語る「弱者」の真意

己の過去と決別したはずの猗窩座でしたが、無限城での死闘の中で、失われていた記憶を次第に思い出していきます。満身創痍になりながらも、決して諦めず炭治郎を守ろうとする冨岡義勇の姿を見た猗窩座は、かつて抱いていた「夢」――もはや叶うことのない、あの切実な願いを鮮明に思い出したのです。亡き父と師、そして恋雪、あの三人への深すぎる思いが蘇りました。

死んだところで
三人と同じ場所には行けない
よくも思い出させたな
あんな過去を
人間め
柔く
脆い
弱者
すぐ死ぬ
壊れる
消えてなくなる
(狛治・猗窩座/18巻・第156話「ありがとう」)

ここで猗窩座が口にした「すぐ死ぬ者」とは、不意の出来事によって彼より先にこの世を去ってしまった、愛する人々を指しています。猗窩座にとって「弱者」とは、儚く死んでしまった彼らのことを意味するだけでなく、同時に、彼らを守り切ることができなかった自分自身をも含んでいるのです。

鬼滅の刃「無限城編」に登場する水柱・冨岡義勇。猗窩座との熾烈な戦いを通じ、その内面が深く描かれるキャラクター鬼滅の刃「無限城編」に登場する水柱・冨岡義勇。猗窩座との熾烈な戦いを通じ、その内面が深く描かれるキャラクター

冨岡義勇が体現する“理想の武人”の姿

そして猗窩座は、「両方の弱者」に冨岡義勇の姿を重ねました。つまり、自分自身の内にある思いと義勇の思いが、深く共鳴したのです。義勇もまた、大切な人々を亡くし、その悲しみに打ちのめされた過去を持っています。この義勇の「弱さ」は、猗窩座の心情と通じるものがあったのです。

今、圧倒的に劣勢な状況下で、炭治郎を守り、共に生き抜こうと奮闘する義勇の強い心が、猗窩座の頑なで氷のような心を解き放ち、彼に人間時代の記憶と後悔を呼び覚まさせました。冨岡義勇は、猗窩座が過去に目指し、そして失ってしまった“理想の武人”の姿を体現していたと言えるでしょう。

結びに

劇場版「無限城編」で描かれる冨岡義勇と猗窩座の戦いは、単なる強者同士のぶつかり合いではありません。それは、それぞれが抱える過去の悲劇、大切な人を守りたいという普遍的な願い、そして「弱さ」という言葉に隠された真の意味が交錯する、深い人間ドラマなのです。

この二人の宿命的な関係性を深く掘り下げることで、『鬼滅の刃』が伝えるテーマの奥深さを改めて感じることができます。彼らの戦いの行方、そしてそれぞれの心の葛藤がどのように描かれるのか、今後の展開にも期待が高まります。

参考文献

  • 植朗子 著『鬼滅月想譚 ――『鬼滅の刃』無限城戦の宿命論』(〇〇社、発行年)
  • 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』(集英社、2016-2020年)
  • 劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第1章・猗窩座再来(ufotable、2025年)