自動車業界の深刻な危機:EV技術者不足と整備士の高齢化・人材難がもたらす影響

日本の自動車業界は今、二つの喫緊の課題に直面しています。一つは、電気自動車(EV)の急速な普及に伴い、その専門知識を持つ技術者が圧倒的に不足している点です。そしてもう一つは、長年にわたり業界を支えてきた自動車整備士の高齢化が進行する一方で、次世代を担う若手の「なり手」が極めて少ないという構造的な問題です。これらの問題は、単に自動車産業内部に留まらず、私たちの日常生活における車の安全性や利便性にも大きな影響を及ぼし始めています。本記事では、この複合的な人材不足問題の現状とその背景、そして解決に向けた課題について深く掘り下げていきます。

深刻化する自動車整備業界の人材不足と高齢化の現状

近年のデータは、自動車整備業界が直面する危機的状況を明確に示しています。帝国データバンクの調査によると、2024年度に倒産または廃業した自動車整備関連事業者は、過去最多となる445件に達しました。これは、業界の人材不足がいよいよ事業継続を脅かすレベルにまで達していることを意味します。

また、人材不足に拍車をかけているのが、整備士の高齢化です。『自動車整備白書』によれば、整備士の平均年齢は年々上昇の一途をたどり、昨年度の平均は47.4歳に上っています。この高齢化に加え、若手整備士のなり手が減少していることが、現在の深刻な労働力不足の大きな要因となっています。

自動車整備業の倒産・廃業件数推移自動車整備業の倒産・廃業件数推移

自動車評論家の国沢光宏氏は、この現状について、「現在、車を修理に出そうとしても、すぐに診てもらえない状況が日常的に発生しています。車に不具合が生じたらすぐにでも対応してほしいと誰もが願いますが、点検予約が1カ月先になることも珍しくありません。また、高齢の整備士が多く、彼らが引退するとその時点で修理工場が維持できなくなり、廃業に追い込まれるケースが後を絶ちません」と語り、現場の深刻な実態を指摘しています。

自動車評論家の国沢光宏氏自動車評論家の国沢光宏氏

若手整備士不足の要因と業界が抱える課題

自動車整備士の若手人材が不足する主な理由として、国沢氏は以下の3点を挙げます。これらの要因は相互に関連し、業界の魅力を低下させています。

  1. イメージの悪さ: 自動車修理は「きつい、汚い、危険」という「3K」のイメージが根強く残っています。しかし、現代の自動車整備は大きく進化しており、「ダイアグノーシス」というコンピューター診断システムを用いて不具合箇所を特定するなど、昔ながらの肉体労働だけでなく、高度な知識と技術を要する作業が中心となっています。このイメージと現実のギャップを埋めることが急務です。

  2. やりがいの欠如: ディーラーなどでの整備作業では、サービスフロントが顧客対応を行うため、現場で実際に作業を行う整備士とお客様との間で直接的な感謝の言葉やコミュニケーションが生まれる機会が少ない傾向にあります。これにより、作業が単なるルーティンワークとなり、達成感や顧客からの直接的な評価を感じにくい構造が、若手のモチベーション維持を難しくしています。

  3. 給与水準の低さ: 他の職種と比較して、自動車整備士の給与水準が低いことも大きな問題です。多くの仕事では、自分の働きがどれだけ会社の利益に貢献しているかが見えにくいものですが、自動車整備は時間で工賃が決まるため、自分の労働が金額に換算されるのが明確です。その金額が著しく低い場合、働く意欲が削がれてしまいます。営業職のように成果に応じた歩合制が導入されているケースも少なく、この賃金体系が若手にとって厳しい現実となっています。

若手整備士の確保が急務若手整備士の確保が急務

整備士の待遇改善と将来性への提言

データを見ると、自動車整備士の平均年収はわずかに上昇傾向にあるものの、自動車メーカー全体の給与上昇率と比較すると、依然として十分とは言えません。国沢氏は、「自動車メーカー全体の給与が上がっている状況で、整備士の給与上昇がそれに追いついていないのは問題です」と指摘します。

しかし、整備士という職業には明るい将来性も見て取れます。AI(人工知能)が代替可能な職種が増える中で、自動車整備はAIでは代替できない専門性の高い分野です。車の複雑化、EV化の進展に伴い、整備士に求められる知識や技術は一層高度になり、その需要は今後さらに高まることが予想されます。このような状況を鑑みれば、整備士の給与はもっと引き上げられるべきであるという意見が多く聞かれます。

自動車整備士の平均年収の推移自動車整備士の平均年収の推移

国土交通省も、この自動車整備士不足の状況に対して強い危機感を抱いています。車の安全を確保するためには、確かな整備が不可欠であり、これは社会全体の安全に関わる重要な問題です。業界全体が一体となって、この問題に抜本的に取り組む必要があります。整備士の待遇改善、特に給与水準の向上は、若手人材の確保と定着を促進し、ひいては日本の自動車社会の安全と発展を支える上で避けては通れない課題と言えるでしょう。

参考資料

  • テレビ愛知
  • 帝国データバンク
  • 自動車整備白書
  • Yahoo!ニュース
  • 国土交通省 自動車局

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