外国人雇用「72万円助成金」はデマ 厚生労働省が否定:SNSで拡散する誤情報の真実

現在、インターネット上、特にX(旧Twitter)では、「外国人を1人雇うと72万円の補助金がもらえる」といった言説が急速に拡散され、物議を醸しています。この情報に対し、「日本人の雇用が奪われている」「補助金目当てで外国人を積極採用している」「外国人優遇で日本人いじめが始まった」といった強い憤りの声が多数上がっており、特定の企業への不買運動まで呼びかけられる事態に発展しています。しかし、厚生労働省への取材により、この「72万円の助成金が外国人の雇用に対して支払われる」という言説が誤りであることが明らかになりました。

誤情報の根源:厚生労働省「人材確保等支援助成金」の真実

この「72万円」という数字の根拠として挙げられているのが、厚生労働省が実施している「人材確保等支援助成金(外国人労働者就労環境整備助成コース)」です。この助成金は、その名称からも分かる通り、「外国人労働者の雇用」そのものに対するものではありません。

厚生労働省のガイドブックによると、この助成金の趣旨は、「外国人労働者は、日本の労働法制や雇用慣行などの知識不足や、言語の違いなどから労働条件・解雇などに関するトラブルが生じやすい傾向にある」という現状を踏まえ、「外国人特有の事情に配慮した就労環境の整備を行い、外国人労働者の職場定着に取り組む事業主に対して助成する」ことにあります。

具体的には、言語の壁や文化的な違いに起因するトラブルを未然に防ぎ、外国人労働者が安心して働ける環境を雇用主が責任を持って整備するための経費の一部を支援する制度です。例えば、多言語での対応、苦情相談窓口の設置、一時帰国のための有給休暇制度の導入などが対象となります。これらの細かい条件をクリアし、必要な措置を講じた事業者に対し、令和6年度であれば最大72万円(令和7年度は80万円)を上限として助成金が支給される仕組みとなっています。つまり、「外国人を雇うため」ではなく、「雇った外国人が定着し、トラブルなく働ける環境を整えるため」の費用が助成されるのです。

誤情報による企業への「不買運動」問題

この誤った情報が拡散する中で、思わぬ形で被害を受けた企業も出ています。ある大手コーヒーチェーンでは、店舗に掲示された一枚のチラシが批判の対象となりました。そのチラシは、店長が外国人スタッフを積極的に採用していることや、異国の地で奮闘する彼らの努力と決意を伝え、「温かい目で見ていただければ幸いです」と客に理解を求める内容でした。

元々の投稿は、この温かいメッセージに肯定的なものでしたが、「外国人を1人雇うと72万円」という誤解された助成金制度と結びつけられた一部のユーザーによって、「助成金目当てで外国人を雇う反日企業」といった批判的な文脈で拡散されてしまいました。その結果、この企業に対して不買運動が呼びかけられるなど、集中砲火を浴びる事態となってしまったのです。これは、SNS上での誤情報と感情的な反応が、具体的な企業活動にまで影響を及ぼす事例と言えるでしょう。

厚生労働省が「雇い入れ助成金」の存在を明確に否定

この「72万円助成金」の根拠とされる支援を行っている厚生労働省に対し、本件について問い合わせを行いました。外国人雇用対策課の担当者は、ネット上で出回っている上記「言説」について、やや驚いた様子で次のように語りました。

「なるほど、”雇い入れ助成金”のように見えてるんですね。まず、外国人を採用すると1人に対して72万円の助成金がもらえるという制度は存在しません。うちの制度自体は雇用環境を整備した事業主の方に助成するものなので、”雇い入れ”に対してではないです」

「外国人を1人雇うと72万円の補助金がもらえる」という言説が「デマということでよいか」との問いに対しては、「そうですね、そういうわけではないです」と、明確に「誤情報である」と断言しました。

厚生労働省の担当者は、改めて制度の趣旨について次のように説明しました。「外国人の雇用環境をしっかりと責任持って守るため整備するというところで、多言語化だったりだとか、苦情相談の窓口を設置していただいたり、一時帰国のための有給制度を就業規則に定めるなど整備していただいたりという、『雇用環境の整備』の措置を行っていただいた事業主の方に助成をするというものになります」。助成の申請は「厳しく見させてはいただいてます」とのことです。

厚生労働省の公式ロゴマークと庁舎の外観、外国人労働者支援制度の誤情報について見解を求める状況を示す厚生労働省の公式ロゴマークと庁舎の外観、外国人労働者支援制度の誤情報について見解を求める状況を示す

現時点で「厚労省の外国人雇用対策で行っている補助金はこれのみになりますので、ネット上で指摘されているようなものではない」と強調し、「外国人を1人雇うと72万円の補助金がもらえる」という制度はやはり存在しないことが再確認されました。

結論

「外国人を1人雇うと72万円の補助金がもらえる」というSNS上で広まっている言説は、厚生労働省の公式見解によって明確に否定されたデマ情報であることが明らかになりました。実際に存在する「人材確保等支援助成金(外国人労働者就労環境整備助成コース)」は、外国人労働者の雇用そのものを目的とするものではなく、彼らが日本で安定して働き続けられるよう、事業主が就労環境を整備するための費用を一部助成するものです。

誤った情報が社会的な混乱や企業への不当な批判を引き起こす中、私たちは正確な情報に基づき、冷静に事実を判断することの重要性を改めて認識する必要があります。政府の助成金制度の真の目的を理解し、外国人労働者が日本の社会で活躍できる健全な環境づくりへの支援として捉えることが、建設的な議論の第一歩となるでしょう。


参考資料