先の参議院選挙兵庫選挙区(改選数3)で、自民党現職の加田裕之氏が最下位で辛くも当選を果たしました。全国13の複数人区で自民党が議席を確保できなかったのは大阪のみという状況下、なぜ兵庫ではぎりぎりのところで「大阪の二の舞い」を回避できたのでしょうか。日本維新の会や参政党との1万票差という接戦を制し、加田氏が滑り込めた背景には、無所属新人の「あの人」の存在があったと陣営関係者は口を揃えます。この記事では、加田氏の当選に至るまでの厳しい戦いと、その裏で働いた様々な要因を深掘りします。
参院選兵庫選挙区で当選を決め、支援者からのマダイを手に喜ぶ自民党の加田裕之氏(2025年7月21日、神戸市中央区にて撮影)。今回の選挙は激戦となり、票の動向が注目された。
兵庫での自民党の苦戦と得票減少の背景
加田氏は、初当選した2019年の参院選から18万票以上も得票を減らし、今回の当選者としては66年ぶりの低水準となる約28万5451票にとどまりました。これは、党から2人が当選した北海道を除く複数人区において、自民党の当選者としては次点候補に最も肉薄された結果です。自民党全体の県内比例代表得票数も約47万票と、前回2022年の選挙より16万票以上減少しており、兵庫県における自民党の地盤が揺らいでいる実態が浮き彫りになりました。
「保守層の離反」と「裏金問題」が示した苦戦の予兆
公示前から、自民党陣営には苦戦の予兆が見え始めていました。県議らが支持者を回ると、「参政党のポスターを貼った」という声が相次ぎ、6月の尼崎市議選では、自民党公認候補の総得票数が約6600票減る一方で、参政党の新人がトップ当選を果たすという象徴的な出来事もありました。
選挙戦の序盤には、「選択的夫婦別姓の議論など石破茂首相のリベラル路線に、長年支持してくれた保守層がどんどん離れていく」と陣営関係者が嘆くほど、保守票の流出が顕著でした。さらに、加田氏自身も2024年に党派閥の裏金事件に関連し、派閥からの還流分を不記載にしていたとして党から戒告処分を受けており、これも支持層の離反に拍車をかけたと考えられます。
連立与党・公明党との「票の綱引き」
連立与党である公明党の存在も、自民党にとって「ライバル」として票を削り合う要因となりました。兵庫選挙区は2016年から改選数が1増えて3となり、それ以降、公明党も公認候補を擁立しています。今回は現職の高橋光男氏(48)が再選を目指しました。
従来の当選ラインは40万票台と見られていましたが、公明党のコアな支持層は約28万~29万票とみられていました。公明党の支持母体である創価学会の県幹部は「自民から10万票はほしい」と漏らしており、票の獲得競争が激しかったことを示唆しています。複数の自民党県議は、公明党側から支持者名簿2000人分の提供を求められたと話し、選挙協力を通じた票の確保に各党が腐心していた実態がうかがえます。
陣営が強調した「保守回帰」戦略
このような厳しい状況の中、自民党加田陣営は戦略を転換しました。公示日の7月3日には石破茂首相が第一声に駆け付けましたが、陣営は選挙中盤から「保守色」を強調する方針にシフトしました。7月13日には保守層に高い人気を誇る高市早苗前経済安全保障担当相が来援し、保守層の引き締めを図りました。
翌14日夕方、神戸市北区で行われた加田氏の個人演説会では、地元市議が「(公明に)軒を貸して母屋を取られるような状況で互いにとってよくない。加田さんが推薦候補(高橋氏)より下回っているという数字も出ている」とまで述べ、自民党内の危機感を露わにしました。加田氏自身も、自身の地盤である同区などで、秘書として仕えていた元衆院議員と安倍晋三元首相の命日が同じ7月8日であることに触れ、「2人の父の命日だ」と声を震わせました。最終日には聴衆から握手を求められ、「安倍イズムを必ず復活させる」と語りかける場面も見られ、保守層への強いメッセージを発信しました。
「泉房穂効果」がもたらした「幸運な」勝利
開票日の7月20日。無所属新人の泉房穂氏は82万票あまりという圧倒的な得票数で初当選を果たし、2位の高橋氏(34万票)の2倍以上の票を獲得しました。加田氏の万歳は翌21日午前1時過ぎ。次点の維新新人とはわずか1万票差、参政党新人とも1万1000票あまりの差での薄氷の勝利でした。
なぜ、これほどの激戦を逃げ切れたのか。開票時にテレビの速報を見ていた公明党関係者は、「泉さんが国民民主党や維新に行くはずの票を吸い上げてくれた」と呟きました。また、自民党県議団幹部も「ギリギリで勝てたのは運。泉氏があまりに強くて、参政や維新に票が行かなかったことも大きかった」と分析しています。泉氏の圧倒的な票の吸収が、結果的に他の野党候補への票の分散を抑え、自民党・加田氏が辛くも当選する一因となった、という見方が支配的です。
結論
参院選兵庫選挙区における自民党・加田裕之氏の当選は、自民党自身の得票減、保守層の離反、裏金問題、そして公明党との票の奪い合いといった多くの苦戦要因を抱えながらの厳しい戦いでした。しかし、その背景には、無所属新人の泉房穂氏が他党へ流れる可能性のあった票を大きく吸収したという「幸運」が重なった側面が大きかったと分析できます。今回の選挙結果は、今後の兵庫県の政治情勢、特に自民党の選挙戦略において、新たな課題と示唆を与えるものとなるでしょう。