“インディープロレスラー最後の大物”と称されたプロレスラーの橋本友彦さんが、47歳の若さで永眠されたことが明らかになりました。所属団体であるプロレスリングA-TEAMが8月5日、公式Xを通じて発表しました。
A-TEAMの公式声明には「橋本友彦が2025年8月5日午前7時55分、永眠いたしました。これまで応援してくださったすべての皆さまに、心より感謝申し上げます。今後につきましては、追ってご報告いたしますが、まずはこのようなご報告をさせていただくことをお許しください」と記されており、多くのファンに悲しみが広がっています。
死去したプロレスラー橋本友彦さんの姿
壮絶な闘病生活とリング復帰への願い
橋本友彦さんは2024年に肝臓がんを告知され、過酷な闘病生活を送っていました。同年11月には患部の除去手術を受け、一時的にはリングへの復帰を果たしたものの、その後がんの再発が判明。プロレスリングA-TEAMの6月22日千葉県オリエンタルホテル東京ベイ大会を最後に再び休業し、再起を目指していましたが、その願いは叶いませんでした。
24日には東京・新木場1stリングで、同団体主催による「橋本友彦AID大会」が予定されていましたが、本人がリングに戻ることは二度とありません。
橋本友彦さんの輝かしいキャリア
1977年8月16日に奈良市で生まれた橋本友彦さんは、2000年にJPWA(日本プロ・レスリング協会)のマットでプロデビューを果たしました。DDTやアパッチプロレス軍といった数々の団体に所属し、そのキャリアを築き上げました。
2017年4月には、自らプロレスリングA-TEAMを旗揚げし、インディーシーンで独自の存在感を放ちました。また、プロレス界にとどまらず、格闘技の舞台にも挑戦。2003年12月31日には、神戸ウイングスタジアムで開催された格闘技イベント「INOKI BOM-BA-YE」に出場し、アリスター・オーフレイム選手と対戦するも、TKO負けを喫しています。その挑戦的な姿勢は、多くのファンの記憶に深く刻まれています。
故橋本友彦さんが大仁田厚、ハチミツ二郎と共に写る在りし日の写真
追悼とこれからのプロレス界
橋本友彦さんの突然の訃報は、プロレス界に大きな衝撃と悲しみをもたらしました。“インディープロレスラー最後の大物”として、その情熱と挑戦的なファイトスタイルで多くのファンを魅了してきた彼の功績は、これからも語り継がれることでしょう。彼の安らかなご永眠を心よりお祈り申し上げます。
参考文献
- よろず〜ニュース. (2025年8月5日). 『インディープロレスラー最後の大物』橋本友彦さん死去 47歳 肝臓がんで闘病. https://news.yahoo.co.jp/articles/e6de269a225d83ddb383ed798cb43cca13d47fdd