最低賃金全国1000円超えの衝撃:中小企業の苦境と日本の未来

今年度の「最低賃金」に関する議論がようやく決着し、過去最大の上げ幅となる63円の引き上げが決定しました。これにより、現在の全国平均1055円から1118円に上昇し、日本全国すべての都道府県で最低賃金が1000円を超えることになります。この物価高騰が続く中で賃金が上がることは、労働者にとって喜ばしいニュースである一方、インターネット上では「最低賃金の引き上げは中小企業にとって苦しいだけ」「中小企業がどんどん潰れていくのでは」といった不安の声も上がっています。十分な価格転嫁が難しい中小企業にとって、急激な賃上げは経営を圧迫しかねないという懸念があるのです。一方で、「賃上げできない企業は早く淘汰されるべき」という厳しい意見も存在します。本記事では、この急激な最低賃金引き上げがもたらす影響と、企業が抱える本音について深掘りします。

日本の地図上で最低賃金が全国的に1000円を超える見込みを示唆する画像日本の地図上で最低賃金が全国的に1000円を超える見込みを示唆する画像

最低賃金1500円目標への道のり:経営者の「淘汰」懸念

経営を圧迫する急激な賃上げ:石川浩氏の視点

電線製造業とキノコ栽培のアグリカルチャーという二つの会社を経営する石川浩氏は、今回の最低賃金引き上げが経営に与える影響について語ります。電線製造業では今年5月に賃上げを行い、パート時給は1150円に。一方、キノコ栽培では現在パート時給1078円で、キノコへの価格転嫁などによる賃上げを検討しているとのことです。石川氏は、特に農業分野においては「なかなか付加価値をつけづらく、価格が市場で決まるので、利益が非常に出しづらい」と述べ、ここ数年の急激な賃上げが「経営へのダメージは非常に大きい」と指摘します。さらに「周りの同業者も相当厳しい状況が続いている」と、中小企業全般の苦境を示唆しました。

最低賃金引き上げの影響について語る経営者の石川浩氏最低賃金引き上げの影響について語る経営者の石川浩氏

政府目標「1500円」と中小企業の未来

日本政府は2020年代に全国平均で最低賃金「1500円」という目標を掲げています。この目標を達成するには、今後5年間で年間7.3%のペースで引き上げを続ける必要があります。石川氏は「正直、会社を潰そうとしているのではと」と懸念を表明。人口減少が進む中で現在の企業数を維持できないという見方を示し、「(最低賃金を)払えなければ退場を、と言った人もいるように、国もそういう考えがあるのではないか」と推測しました。

日本商工会議所が3月に発表した調査によると、前述の政府目標について、地方や小規模企業の4社に1社が「対応不可能」と回答しています。また、もし2025年度に7.3%の引き上げが実施された場合、実に2割の企業が「休廃業を検討」しているという厳しい現実が浮き彫りになっています。

専門家と実業家の見解:賃上げの功罪と人材戦略

小規模企業経営支援協会の代表理事を務める立石裕明氏は、「毎年7%の賃上げなんて、できるはずのない議論だ」と、その実現の難しさを指摘します。しかし同時に、「日本は世界最大の中小企業・小規模事業者支援国家。それを踏まえた上で考えないと、“あれダメ・これダメ”だけを言ってはいけないと思う」と述べ、中小企業支援の重要性も訴えました。

一方、実業家でありタレント・インフルエンサーでもある宮崎麗果氏は、自身が経営する企業の例を挙げながらコメントしました。20人以下の規模の会社を2社経営している中で、現在は「優秀な人材の取り合いになっている」と現状を分析。「うちはバイトに1700円ぐらい出していて、それぐらいの対価を出さないと良い人材は集まらない」と語ります。宮崎氏は、「最低賃金で2人雇うよりも、すごく優秀な人材を1人雇ったほうが、モチベーションは高いし、会社の利益も上がって雇用が増え、より社会に還元できると考えている」と、高賃金で優秀な人材を確保することのメリットを強調しました。

賃上げと中小企業の持続可能性:課題と展望

今回の最低賃金引き上げは、労働者の生活水準向上に寄与する一方で、特に価格転嫁が困難な中小企業にとっては経営を圧迫する大きな課題となっています。政府の掲げる「全国平均1500円」の目標達成に向けた急ピッチな賃上げは、多くの企業に休廃業という選択を迫る可能性も示唆されています。

賃上げの必要性は理解されつつも、そのスピードと中小企業への影響のバランスが問われています。単なる「淘汰」ではなく、中小企業が持続的に成長し、雇用を維持できるような包括的な支援策や、価格転嫁を促す社会全体の協力体制の構築が不可欠であると言えるでしょう。労働者の賃金向上と企業の健全な成長、ひいては日本経済全体の活性化を両立させるための、多角的な議論と政策が今後ますます求められます。

参考資料