家を「買う」か「借りる」か——この問いは、昔から多くの人々が深く悩み続けてきたテーマです。近年では、「持ち家こそが成功の証」という固定観念は薄れつつありますが、周囲の友人や知人が次々とマイホームを手に入れる姿を見ると、やはり心が揺れ動くものです。しかし、「何とかなるだろう」と勢いだけで大きな決断を下してしまうと、後になって取り返しのつかない後悔を招くことも少なくありません。ここでは、とある家族の事例を通して、その末路と教訓を見ていきましょう。
年収640万円、貯金900万円の30代夫婦が住宅ローン破綻の危機に直面するイメージ
妻の強い希望「今買わないで、いつ買うの?」夫が決断
地方の中堅企業に勤務する吉野敦さん(仮名・37歳)は、年収640万円のサラリーマンです。妻の絵里さん(仮名・29歳)は専業主婦で、小学生と幼稚園に通う二人の子どもたちを育てています。家族が暮らす賃貸マンションの家賃は月15万円。特別に快適というわけではありませんが、不自由なく生活できていました。
しかし、ある日、絵里さんが何気なくつぶやきます。「ねぇ、そろそろ家を買おうよ。このままどんどん不動産価格が高くなったら、どうするの?買えなくなっちゃうよ」。吉野さん自身は、生まれ育った環境から「賃貸派」で、いつでも気軽に引っ越しができることや、住宅ローンの重圧がないことに利点を感じていました。
一方、妻の絵里さんは、幼い頃から住宅チラシを眺めるのが趣味というほど、マイホームへの憧れが強いタイプでした。「南向き、駅近、リビング広め」が理想で、「夢のマイホーム=幸せ」と信じてきた人です。彼女の実家も持ち家でした。結婚当初から絵里さんはたびたび持ち家の話を持ち出していましたが、吉野さんはいつも曖昧に流していました。しかし、SNSやママ友との会話から「新居を建てた」「注文住宅に引っ越した」といった情報が流れ込むにつれて、絵里さんの焦りは頂点に達します。
「子どもたちが大きくなってからじゃ遅いし、今だって部屋は狭いぐらいよ。私も仕事再開するからローンは大丈夫。貯金も900万円も貯まったんだから!」妻の熱意に押された吉野さんは、「賃貸と同じくらいの支払いで家が手に入るなら、お得かもしれないな」と、ついにマイホーム購入を決断したのです。
念願のマイホーム購入で訪れた「大満足」
家族が選んだのは、5,500万円の新築マンションでした。ピカピカの内装、広々としたキッチン、そして開放的な広いベランダ。マンションには充実した共用施設もあり、予約すれば友人が宿泊できるゲストルームまで備わっています。
これには絵里さんのテンションは最高潮に。吉野さんも、モデルルームの内覧をした時点で、すっかりその魅力の虜になっていました。頭金を差し引いた住宅ローン総額は5,000万円で、月々の返済額は約14万円(年間160万円)です。金利は変動型を選択し、ローン完済予定は吉野さんが70代になる頃と設定しました。
さらに、管理費、修繕積立金、駐車場代、そして固定資産税を月割りで加算すると、維持費全体で月5万円ほどがプラスになる計算です。結果として、賃貸に住んでいた頃よりも月の支出は増えましたが、絵里さんが仕事に復帰すれば問題なく支払えると考えていました。何よりも、これだけの充実した設備を考えれば、多少の出費増は仕方がないと夫婦で納得したのです。
ところが、住宅ローンの返済が始まってからわずか6年後、吉野家には想像もしなかった厳しい現実がのしかかってくることになります。
安易な決断が招く「住宅ローン破綻」のリスク
吉野家のように、一時的な感情や周囲の圧力に流されて住宅購入を決断するケースは少なくありません。しかし、マイホームは人生で最も大きな買い物の一つであり、長期にわたる経済的負担が伴います。変動金利のリスク、想定外の修繕費、家族構成や収入の変化、そして経済情勢の変動など、購入時には見えにくい多くの潜在的なリスクが存在します。
住宅ローン破綻を回避し、後悔のないマイホームを手に入れるためには、単に月々の返済額だけでなく、金利変動リスク、固定資産税や管理費などの維持費、将来のライフプランの変化、そして万が一の収入減に備えた十分な貯蓄計画など、長期的な視点での綿密な資金計画とシミュレーションが不可欠です。感情的な「欲しい」という気持ちだけでなく、冷静な分析と現実的な見通しを持って判断することが、安定した住まいと家庭生活を守る鍵となるでしょう。
参考文献: