「相続問題」と聞くと、多くの人が「多額の財産を持つ裕福な家庭で起こるトラブル」というイメージを抱くかもしれません。何億円もの遺産を巡って親族が骨肉の争いを繰り広げる、といったドラマのような光景を想像しがちです。しかし、実際の相続トラブル、通称「争族」の現場は、私たちの想像とは大きくかけ離れた実態を見せています。本記事では、長岡FP事務所代表の長岡理知氏の解説に基づき、一般的な家庭でも多発する相続問題の根本原因に迫ります。父の遺産を巡り泥沼の「争族」へと発展した一家の事例(※相談者の了承を得て記事化。個人の特定を防ぐため、相談内容は一部脚色しています)から、金銭の多寡では測れない感情の複雑な絡み合いを解き明かします。
相続問題で意見が対立し話し合う家族のイメージ。遺産分割を巡る争いが起きる可能性を示唆しています。
遺産総額5,000万円以下の家庭に多発する相続トラブルの実態
一般に抱かれているイメージに反し、相続トラブルは決して富裕層に限った話ではありません。最高裁判所事務総局が発表した『令和6年 司法統計年報3 家事編』によると、家庭裁判所における遺産分割事件は年間7,903件に上ります。驚くべきは、そのうちの大部分が比較的少額の遺産に関するものであるという事実です。具体的には、遺産総額が「1,000万円以下」のケースが2,810件(全体の35.6%)、そして「1,000万円超5,000万円以下」のケースが3,354件(全体の42.4%)を占めています。
この統計が示すのは、家庭裁判所に持ち込まれる相続トラブルの実に78%が、遺産総額5,000万円以下の「ごく一般的な家庭」で発生しているという現実です。つまり、相続問題は一部の特別な家庭で起こるのではなく、広く一般の家庭に潜在するリスクであると言えるでしょう。
では、超高額の遺産がある世帯ではトラブルが少ないのでしょうか。統計によれば、遺産総額5億円を超える遺産分割事件はわずか49件(全体の0.62%)にとどまっています。これは、高額な遺産を相続する案件自体が少ないという要因に加え、資産家の多くが事前の入念な遺産分割対策を講じていることが大きな理由として挙げられます。法的な専門家を活用し、遺言書の作成や生前贈与、家族信託などを通じて、将来のトラブルの芽を摘み取っているのです。
金銭の多寡が問題ではない:感情のもつれが深刻化させる「争族」
前述の統計を「金持ち喧嘩せず」といった格言や「貧すれば鈍する」といった見方で解釈するのは誤りです。相続トラブルは、遺産の多寡に関わらず発生し得るものであり、遺産分割対策に失敗すれば、遺産が少額であっても高額であっても家族間での激しい対立に発展しかねません。
長岡理知氏は、90歳で亡くなった母親の遺産300万円を巡って、すでにそれぞれ裕福な生活を送っている60代の6人の子供たちが骨肉の争いを繰り広げた現場に遭遇した経験を語っています。この事例は、相続トラブルの根本原因が金銭そのものではなく、より深いところにあることを示唆しています。
相続トラブルの多くは、お金の問題というよりも、むしろ「感情のもつれ」によって深刻化していく傾向があります。兄弟姉妹の間で幼い頃から抱えてきた不満や嫉妬、親からの愛情の偏りに対する認識などが、親の死という契機によって掘り起こされるのです。時には、親が自分をどれほど愛してくれたのかを試すかのような行動に出る者もいます。このような感情的な要素に、遺産総額の多寡は一切関係ありません。
事例で解説される6億円の遺産を巡る兄弟の「子供じみた喧嘩」もまた、単なる金銭欲を超えた感情的な対立が背景にあることが深く掘り下げられています。相続問題を真に理解し、そして解決するためには、こうした感情的な側面への配慮が不可欠です。
まとめ:相続トラブルを回避するための本質的な視点
相続トラブルは、決して一部の富裕層にのみ起こる特別な出来事ではありません。最高裁判所の統計が示す通り、ごく一般的な遺産総額の家庭においても、多くの「争族」が発生しています。そして、これらのトラブルの真の根源は、金銭の多寡ではなく、家族間の長年にわたる感情のもつれや、親から子への愛情に対する認識の差といった、より個人的で複雑な感情的な問題にあることが明らかですりました。
円満な相続を実現し、「争族」を回避するためには、遺産総額の大小にかかわらず、早いうちから遺産分割対策を講じることが極めて重要です。同時に、家族間のコミュニケーションを密にし、生前からお互いの価値観や感情を理解し合う努力が、法的な対策以上に、心の遺産となることでしょう。
参考文献
- 長岡FP事務所 代表 長岡理知氏の解説に基づく
- 最高裁判所事務総局『令和6年 司法統計年報3 家事編』