NHKの人気番組「ファミリーヒストリー」が18日に放送され、元プロテニスプレーヤーである松岡修造氏(57)の知られざるルーツ、特にその「華麗なる一族」の系譜が深く掘り下げられました。番組では、阪急東宝グループの創業者として知られる曽祖父・小林一三氏の偉大な功績と、それが松岡家に与えた影響に焦点が当てられ、日本の産業史における彼の革新的な事業と経営哲学が改めて注目されています。
孤児から稀代の事業家へ:小林一三の原点
小林一三氏は、現在の山梨県で生まれ、生後半年で実母と死別するという不遇な幼少期を送りました。母の愛情に飢えて育った彼は、文学を愛する青年として成長。慶應義塾大学を卒業後、当時はまだ三井銀行へと入行し、金融の世界でキャリアをスタートさせました。そこで結婚し、後に松岡修造氏の祖父となる辰郎氏が誕生します。一三氏の事業拡大の根底には、幼少期から強く求め続けてきた「家族愛」があったとされており、それが彼の生涯を貫く原動力となったと考えられています。
阪急東宝グループの礎を築く革新的な経営手腕
一三氏は1907年(明治40年)、三井銀行を辞し、大阪を拠点とする阪鶴鉄道へ転職します。そのキャリアの中で、彼は画期的な事業構想を打ち立てました。当時、採算が取れないとされていた箕面・宝塚方面への鉄道敷設を計画。巨額の5億円もの負債を負う覚悟で、1910年(明治43年)に箕面有馬電気軌道(現在の阪急電鉄)を開業させます。
単なる鉄道事業に留まらず、一三氏は沿線の住宅地開発にも積極的に着手しました。注目すべきは、分譲住宅の購入希望者に対し、日本初となる10年間の月賦払いを可能にする「住宅ローン」を導入したことです。これは当時の常識を覆す革新的な取り組みであり、沿線開発を大きく加速させました。さらに、彼はエンターテインメント分野にも進出し、現在の宝塚歌劇団を創設。そして、日本初となる駅直結型の百貨店、阪急百貨店を立ち上げるなど、多角的な事業展開で「阪急東宝グループ」の礎を築き上げました。彼の経営哲学は常に「やってみなさい」という果敢な挑戦にあり、その精神が数々の偉業を成し遂げる原動力となりました。
松岡修造氏の近影。曽祖父小林一三氏の革新的な事業のルーツを辿る「ファミリーヒストリー」出演時の姿。
松岡修造氏が語る偉大な曽祖父への思い
番組で曽祖父・小林一三氏のVTRを視聴し終えた松岡修造氏は、「帰っていいですか…。息苦しい。僕に関係のない人だったらすごいなって(言えるけど)」と率直な感想を漏らし、その偉大さに圧倒された様子を見せました。
一三氏の「いちかばちか」という挑戦的な経営姿勢と比較し、松岡氏は「僕は突き進んでるように見えて、保険というか。いちかばちかって好きじゃないんですよ」と謙遜しながらも、曽祖父の「やってみなさい」という精神に対し、深い尊敬の念を示しました。彼が普段から発する情熱的なメッセージの根底には、もしかしたらこの偉大な先人の教えがあるのかもしれません。
「華麗なる一族」の系譜:松岡家の著名な人々
松岡修造氏の家系は、日本の経済界や芸能界に大きな影響力を持つ「華麗なる一族」として知られています。その系譜は以下の通りです。
- 父:松岡功氏 – 第9代東宝社長を務め、日本の映画界を牽引しました。
- 母:千波静氏 – 元宝塚歌劇団雪組の男役として活躍し、舞台芸術の世界で名を馳せました。
- 兄:松岡宏泰氏 – 現在、東宝の代表取締役社長を務め、父の事業を引き継ぎエンターテインメント業界をリードしています。
このように、松岡修造氏の背景には、日本の産業・文化に多大な貢献をしてきた小林一三氏を筆頭に、各界で活躍する著名な家族が存在しています。
結び
今回の「ファミリーヒストリー」を通じて、松岡修造氏のパワフルな個性の背景には、曽祖父・小林一三氏の革新性と挑戦精神、そして何よりも「家族愛」を原動力とする人間的な魅力があったことが浮き彫りになりました。一三氏が築き上げた阪急東宝グループの礎は、単なるビジネスの成功に留まらず、後の世代へと受け継がれる価値観と精神的な遺産として、現代の日本社会にもその影響を色濃く残しています。
参考文献
- 松岡修造の曽祖父・小林一三氏「やってみなさい」の精神に感銘…「息苦しい。僕に関係のない人だったら」 – Yahoo!ニュース (Source: 日刊スポーツ)




