奨学金の重荷から解放され、ようやく将来への希望に胸を膨らませたのも束の間、過去の選択が思いがけない形で未来に影を落とすことがあります。多くの学生が利用する国民年金制度には、一見親切に見える「落とし穴」が潜んでいます。自身は大丈夫だと思っていても、気づかぬうちに将来受け取るはずの年金が減ってしまうかもしれません。この制度の裏に隠された重要なルールと、多くの人が見過ごしがちな真実について解説します。
奨学金完済後の「安堵」から一転…35歳田中さんを襲った「年金の罠」
都内のメーカーに勤務する田中健太さん(35歳・仮名)は、毎月約2万円の返済と繰り上げ返済を続け、ついに奨学金350万円を完済しました。「肩の荷が下り、やっと社会人としての本当のスタートラインに立てた気がします。マイホームや老後のことも、真剣に考えられるようになりました」と安堵の表情を見せます。労働者福祉中央協議会の『高等教育費や奨学金負担に関するアンケート2024』によると、奨学金の利用率は31.2%、日本学生支援機構の貸与型奨学金利用者の借入総額は平均344.9万円に上ります。返済に7割が不安を感じ、4割台半ばが負担感を実感しているのが現状です。田中さんのように、多くの若者が社会人としての一歩を踏み出す時点ですでに将来への負債を抱えています。
スマートフォンで自身の年金記録を確認し、将来の年金について考える若者
しかし、その解放感も束の間、田中さんは思いがけない現実に直面します。大学時代の友人に促され、軽い気持ちで自身の年金記録をスマートフォンで確認したところ、20歳から22歳までの国民年金の欄に「承認(学)」と記載されていることに目が留まりました。これは、在学中に保険料の納付が猶予される「学生納付特例制度」を利用していた記録です。「当時、学費は親に出してもらっていましたが、生活費は奨学金とアルバイト代で何とかやりくりしていました。とても年金保険料まで手が回らず、役所の窓口で『学生は払わなくていい』という説明を受け、手続きをした記憶があります。将来の年金額に影響はないものだと、何の疑いも持っていませんでした」。
「将来の年金が減る!?」追納しないとゼロになる期間の現実
田中さんの楽観は、友人の「それ、追納しないと将来の年金が減るやつじゃないか?」という指摘によって打ち砕かれます。慌てて調べると、残酷な事実が判明しました。この制度は保険料が「免除」されるのではなく、あくまで支払いが「猶予」されるだけ。猶予された期間の保険料を後から「追納(後払い)」しなければ、その期間は将来受け取る年金額にまったく反映されないというのです。「あまりに腹が立って、『ふざけるな!』と声が出ました。20歳そこそこの人間に、そんな大事なことをきちんと説明もせず、事務的に手続きを進めるなんてあんまりです。もっと強調して伝えるべきではないでしょうか」。田中さんの憤りに友人は「きちんと説明を受けたと思うぞ」とフォローしますが、この「年金のルールの落とし穴」は、実は多くの人が知らずに落ちているのが現実です。
結論と今後の行動
学生納付特例制度は、経済的に困難な学生を支援する制度ですが、保険料を「免除」するものではなく「猶予」する制度であることを正しく理解することが極めて重要です。追納を行わない限り、その期間は将来の年金額計算に反映されず、結果として老後の生活設計に大きな影響を及ぼす可能性があります。奨学金完済後の新たなスタートを切った方も、そうでない方も、自身の年金記録を定期的に確認し、学生納付特例期間の追納を検討することをお勧めします。未来の自分を守るためにも、今すぐ年金記録を見直しましょう。
参考文献
- 労働者福祉中央協議会『高等教育費や奨学金負担に関するアンケート2024』
- 日本年金機構ウェブサイト「学生納付特例制度」関連情報