かつて都市のランドマークとして栄えた大手雑貨店「ロフト」と「ハンズ」の巨大店舗が、その姿を大きく変え、あるいは姿を消しつつある。2021年10月には、東京・池袋のシンボル的存在であった「東急ハンズ池袋店」(当時)が完全閉店。そして2025年4月30日には、大阪梅田茶屋町の「梅田ロフト」が、35年の歴史に一旦幕を下ろし、近隣の百貨店「阪神梅田本店」への移転を伴う新装開業を果たした。これらの動きは、単なる店舗の移転や閉鎖に留まらず、日本の雑貨小売業界が直面する構造的課題と、それに対応するための両社の抜本的な戦略転換を浮き彫りにしている。本稿では、ロフトとハンズが大型店舗の抱える問題をいかに乗り越え、新たな事業モデルへと舵を切ろうとしているのか、その試みを深掘りしていく。
ロフトの「床効率の悪さ」克服と小型店シフト
ロフトは高度経済成長期に誕生した百貨店やファッションビル跡地に大型店を構えることで、既存の商業施設にはない独自の文化を発信してきた。新興ブランドのポップアップストア、先進的なアニメ・漫画・イラストレーターといったIPコンテンツとのコラボレーションを業界に先駆けて展開し、百貨店と同様に館のランドマーク的価値向上に貢献。トレンド文化の情報発信拠点としての確固たる地位を築き上げてきた。
しかし、これらの大型店舗が抱えていたのは、「床効率の悪さ」という構造的な課題であった。売り場面積は、取扱商品の拡大や他専門店への転貸を進めてもなお過剰な状態であり、加えて店舗自体の「老朽化」も進行。これは先行するハンズを上回る喫緊の対策を要する問題となった。
阪神梅田本店に移転新装開業した梅田ロフトの外観
これに対し、ロフトは入居施設の建て替えや再整備に合わせて、館内や近隣施設への移転を伴う店舗規模の適正化を順次実施していく方針を打ち出した。2004年にはJR東日本系駅ビル「ルミネ川越」への既存店移転を機に、小型店の開発を本格化。2007年2月には、売り場面積300平方メートル級のミニロフト1号店として「丸の内ロフト」を開店した。さらに2010年9月には、イトーヨーカドーと共同開発した新業態「タノシア」1号店を開業(2011年にロフトFCに転換)。グループ内外の企業との提携と、小型店の全国展開による事業拡大へと明確に舵を切ったのである。
「LOFT市場NEO」コンセプトに基づき、暖簾や提灯で和を基調とした新生・梅田ロフトの内装
ハンズのブランド刷新と専門特化型業態の開拓
一方、ハンズの大型店も、ロフトと比較して新築店舗主体で他業態からの転換店舗が少なかったものの、創業以来続くホームセンター業態に構造的課題を抱えていた。ハンズを含むホームセンター業界を取り巻く環境は、1974年3月施行の大規模小売店舗法(大店法)が段階的に緩和されたことで激変した。同業他社であるイオン系の「ケーヨーD2」「ホーマック」(ともに現DCM)や、ベイシア系の「カインズ」といった郊外型平屋建てを得意とする競合が、1万平方メートル級の大型店や衣食住をフルラインで揃える複合商業施設を立ち上げ、業界再編の主役として影響力を急速に高めていった。
ハンズの大型店は都市型としては国内最大規模を誇るが、成熟したDIY市場で生まれた上級者の資材需要を満たすことは困難であった。また、ロフトと比べ、消費の主役と言われる女性やファミリー層の獲得にも苦戦。結果として、床効率や仕入調達面で高コスト体質に陥っていた。
この課題を打開するため、ハンズは2000年4月に現ららぽーとTOKYO-BAYに鞄特化型新業態「outparts」を開店したのを皮切りに、「ハンズプロデュースの専門店」の開発を模索し始めた。2003年9月の川崎店開店を機に、創業以来の「全店独立型運営」と、全国チェーン化以来の全店多層型店舗からの脱却を図り、近隣大型店を母店とする「エリアブロック運営」とワンフロア型店舗を本格展開するようになる。
その後も2004年11月には提案型ルームセンター「homey roomy」を開店するなど、DIY系商材を取り扱わないハンズが見られるようになった。そして2008年6月には、コスメ雑貨特化型業態「hands be」1号店を開店。首都圏を中心に増加傾向にあった駅ビル向けに、トレンドに敏感な20~30代女性や公共交通利用者を主要客層に定めた業態を拡大し、これを主力業態に逆輸入することで、男性向け都市型ホームセンターとしてのブランドイメージを塗り替えることに成功した。
ハンズは集大成として、2009年6月の渋谷店全面リニューアルで新コンセプト「ヒント・マーケット」を掲げた。これにより、各店舗の販売員が仕入権限を有する制度から本部主導の仕入れに移行し、資材やクラフト系商材の取り扱いを全社的に縮小。ロフトと同様に、雑貨主体のセレクトショップへの転身を成し遂げた。この過程で渋谷店と同じくスキップフロアを特徴とした横浜店は近隣のファッションビルに移転し、三宮店は完全閉店となった。両店舗跡は独特な構造が災いし、築年数20~30年で解体されるという憂き目にあったが、これらのローコスト運営転換に向けた施策が功を奏し、2008年3月期からコロナ禍前の2020年3月期まで営業利益は黒字を維持していた。
業界再編とEC競合下での「没個性化」を超えて
ロフトとハンズ両社による巨大雑貨ビルの縮小移転を始めとする業態改革を巡っては、最盛期には10万近いアイテム数を揃えた旗艦店級の巨大雑貨ビルを支持してきた顧客や識者から、「没個性化」を指摘する声も少なくない。しかし、これらの戦略転換の背景には、国内小売業界における大規模な再編の動きや、価格競争力に優れるEC(電子商取引)との激しい競合があることを忘れてはならない。
大型店舗が抱える「床効率」の問題や、特定層の顧客獲得に難航する「構造的課題」は、もはや避けて通れない現実だ。ロフトとハンズの「小型化」や「専門特化」への舵切りは、こうした市場環境の変化に適応し、持続的な成長を追求するための必然的な選択と言える。
結論として、日本の雑貨小売業界は大きな転換期を迎えている。ロフトとハンズが示した業態改革の道のりは、単に規模を縮小するだけでなく、顧客ニーズの多様化に対応し、より効率的で魅力的な店舗体験を提供しようとする前向きな試みである。これにより、「巨大雑貨ビル」という概念は変化し、よりフレキシブルで専門性の高い店舗が、次世代の雑貨小売市場を牽引していくことだろう。
参考文献
- Yahoo!ニュース. (2025年8月22日). ロフトとハンズの巨大雑貨ビル、なぜ「消滅」続く? 梅田ロフトも「阪神梅田本店」に移転新装で「小型化」へ舵を切る理由. 閲覧日: 2024年X月X日. (https://news.yahoo.co.jp/articles/e172220673c31c4287011a19c51d4ebd75354053)