日本において、政治の場で度々議論の焦点となる「減税」や「増税」は、国民の生活と経済に直結する重要なテーマです。先の参院選でも野党が減税を公約に掲げ、一定の支持を得ましたが、東京大学名誉教授の井堀利宏氏は、現在の経済的な余力があるうちに増税すべきとの見解を示しています。特に消費税については、その本質的な考え方や、公平性・経済効果に関する様々な課題が指摘されています。本稿では、井堀教授の洞察に基づき、消費税が抱える「逆進性」の問題と、将来を見据えた「累進消費課税」という画期的な代替案について深く掘り下げていきます。
消費税の逆進性と景気への影響
消費税が国民に不人気である最大の理由の一つは、その「逆進性」にあります。一律10%の税率がモノやサービスの消費にかかるため、所得が低い世帯ほど所得に占める税負担の割合が大きくなり、相対的に重く感じられます。例えば、子どもがお小遣いで買い物をしても、生活困窮者が食料品を購入しても課税される現状は、多くの人々にとって不公平感が拭えません。
さらに、消費税は「購買意欲にブレーキをかける」という側面も持ちます。税率が上がることで消費者の支出が抑制され、需要が落ち込むことで景気全体に悪影響を及ぼす可能性が指摘されています。これは、経済成長を重視する観点からは大きな懸念材料と言えるでしょう。
日本経済における消費税の課題と累進消費課税の可能性を示す通貨とグラフのイメージ
未来を見据えた「累進的消費課税」の提案
こうした消費税の逆進性を解消し、より公平な税制を実現するための代替案として、井堀教授は「累進的な消費課税」の導入を提言しています。これは、現行の消費税のような間接税ではなく、所得税に近い直接税としての消費課税をイメージしたものです。多くの経済学者がこの考え方を支持しており、その根底には「真の経済力は『どれだけ消費するか』で測られるべきだ」という哲学があります。
消費額に基づく公平な課税の仕組み
具体的には、年間消費金額を別途算出し、その金額に対して累進的に課税するという案です。現行の所得税は「稼ぎ」を基準に税率を決めますが、所得が多くても貯蓄ばかりで質素な生活を送る人と、潤沢な資産を背景に多くのお金を使う人とでは、後者の方が裕福に見えることが多いでしょう。この考え方に基づき、消費額に対して累進課税を適用すれば、たくさん消費する人ほど高い税率が適用され、より公平な税負担が実現します。
この仕組みは、「所得 = 消費 + 貯蓄」という経済学の基本式を用いて、「今年の消費額 = 今年の所得 − 貯蓄額」として計算されます。この算出された消費額に累進税率をかけることで、所得の多寡だけでなく、実際の消費行動に基づいた、きめ細やかな課税が可能となります。
デジタル化が拓く、新しい税制の可能性
しかし、この累進的消費課税の実現には、大きな課題も伴います。最大の難点は、一人ひとりの年間消費額を正確に把握することです。現状では現金取引がまだ多く、全ての消費行動を捕捉するのは非常に困難です。
それでも、井堀教授はこの案が「将来の有力な案」であると強調します。その鍵を握るのは、社会のデジタル化とキャッシュレス決済の普及です。デジタル決済が進展し、現金取引が減少すれば、個人の消費データを正確に収集・分析することが飛躍的に容易になります。これにより、これまで技術的に困難とされてきた消費額に基づく累進課税が、現実的な選択肢として浮上する可能性を秘めているのです。
結び
消費税の逆進性と景気への影響は、長年にわたり日本の税制が抱える根深い問題です。井堀利宏東京大学名誉教授が提唱する「累進的消費課税」は、この問題に対する革新的かつ公平な解決策として注目に値します。現在の技術的な課題は残るものの、社会のデジタル化とキャッシュレス化の進展は、この未来志向の税制が実現する可能性を大きく高めています。国民一人ひとりの経済力をより正確に反映し、真に公平で持続可能な税制を構築するための議論が、今後さらに深まることが期待されます。