セレウス菌・ウェルシュ菌にご用心!加熱で死なない食中毒の真実と予防策

多忙な現代社会において、作り置き料理や食べ残しを後で温め直して食べる習慣は少なくありません。しかし、その手軽さの裏には、目には見えない深刻な危険が潜んでいます。特に、室温で長時間放置された食品は、消化器系の不調を引き起こす食中毒の原因となる特定の菌にとって、格好の増殖場所となり得ます。再加熱すれば安心という常識が通用しない「耐熱性菌」による食中毒は、日本を含む世界各地で公共衛生上の課題となっており、その脅威を理解し適切な予防策を講じることが、私たちの健康を守る上で極めて重要です。今回は、「チャーハン症候群」として知られるセレウス菌やウェルシュ菌といった熱に強い食中毒菌の実態と、その効果的な対策について詳しく解説します。

「チャーハン症候群」の正体:セレウス菌とは?

チャーハン、ピラフ、スパゲティなどの炒め物や米飯類は、私たちの食卓によく上るメニューですが、これらを常温で放置し、後に温め直して食べた結果、下痢や嘔吐といった症状に見舞われることがあります。この原因となるのが、熱に強い「セレウス菌」です。一般に加熱すれば菌は死滅すると考えられがちですが、セレウス菌は耐熱性を持つため、再加熱しても毒素は残る、あるいは菌自体が生き残る厄介な性質を持っています。この現象は「チャーハン症候群」とも呼ばれ、特に注意が必要です。

町田予防衛生研究所の戸田信太郎氏によれば、セレウス菌による食中毒は、仕出し弁当や大量調理の現場でも発生することが指摘されています。調理後に食品が冷めるまで常温で置かれる時間が長ければ長いほど、菌が増殖するリスクは飛躍的に高まるのです。セレウス菌は土壌細菌の一種で、土壌、水、ほこりなど自然界に広く分布しており、米や麦などの農畜水産物にも付着しています。炊飯やスパゲティを茹でる程度の加熱では死滅しないため、食品への混入は避けられません。東京都保健医療局の「食品衛生の窓」によると、セレウス菌が最も活発に増殖する至適温度は28~35℃とされ、加熱調理後の食品が室温で長く置かれると、この温度帯で爆発的に増殖してしまいます。食環境衛生研究所の松本彰平取締役も、セレウス菌が畑の作物に付着していることはあるが、すぐに食中毒になるわけではないと補足し、問題は増殖の機会にあることを示唆しています。

加熱しても死滅しないセレウス菌が、作り置きの食品に付着している様子加熱しても死滅しないセレウス菌が、作り置きの食品に付着している様子

熱に強い「芽胞形成菌」の脅威

セレウス菌が食中毒を引き起こす大きな要因の一つに、「芽胞形成菌」という特性があります。芽胞とは、菌が悪条件下で生き延びるために作り出す、熱や乾燥、薬剤に非常に強い構造物のことです。セレウス菌はこの芽胞を作ることで、90℃で60分間の加熱にも耐えうると「食品衛生の窓」は説明しています。

ウェルシュ菌:もう一つの潜む危険

セレウス菌と同じく芽胞形成菌であり、食中毒の原因となる代表的な菌に「ウェルシュ菌」があります。戸田氏は、ボツリヌス菌を「最強の毒素を出す」と表現し、ウェルシュ菌もまた、セレウス菌と同様に自然界に広く分布しています。煮込み料理であるカレーやシチューなどを大量に作り置きし、再加熱して食べても、腹痛や下痢などの食中毒を引き起こすことがあります。

ウェルシュ菌は嫌気性菌で、酸素の少ない環境で増殖するという特徴があります。食品安全委員会によると、至適温度は43~45℃ですが、12~50℃という広範囲の温度域で増殖可能です。戸田氏は、カレー、シチュー、ミートソースなどが食中毒の原因となりやすく、特に学生寮や老人施設のような大鍋で大量に調理する際に発生しやすいと指摘しています。

食中毒を未然に防ぐ:実践的予防策

セレウス菌やウェルシュ菌による食中毒を予防するための最も基本的な原則は、「調理したものをすぐに食べきる」ことです。しかし、作り置きが必要な場合は、菌の増殖を抑えるための工夫が不可欠となります。戸田氏は、「急速冷凍などで、菌が増殖する温度帯を“駆け抜ける”ように冷やす」ことの重要性を強調しています。具体的には、小分けにして保存容器に入れ、冷水にあてるなどして一気に温度を下げる方法が効果的です。

ちなみに、同じ芽胞形成菌でありながら、私たちにとって有用な菌も存在します。「納豆菌」がその例です。松本氏によると、納豆菌は100℃の加熱にも耐え、大豆を加熱殺菌しても生き残り、わらなどに包むことで急速に増殖し、納豆となります。この事実からも、熱に強い菌が身近に存在することがわかります。

食中毒の予防は、単なる衛生的習慣以上の、食品安全に関する知識と意識が求められる課題です。特に夏の高温多湿な時期は菌が増殖しやすいため、調理した食品の取り扱いには一層の注意を払いましょう。加熱調理後の食品を常温で保存し、再加熱すれば大丈夫という誤った認識は捨て、熱に強い菌の存在を常に念頭に置くことが、食の安全を守る第一歩となります。

参考文献

  • 町田予防衛生研究所 管理部 戸田信太郎氏のコメント
  • 食環境衛生研究所 取締役 松本彰平氏のコメント
  • 東京都保健医療局「食品衛生の窓」ウェブサイト
  • 食品安全委員会ウェブサイト