「人生の経営戦略」山口周氏が語る、安定と冒険を両立させるキャリア戦略

人気作家でありコンサルタントの山口周氏は、著書『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』の中で、経営戦略の知見を個人の人生の経営戦略に応用する革新的な視点を提示しています。多くの人が、現在の仕事は安定しているものの、将来へのワクワク感を失い、「このままで良いのか」という漠然とした不安を抱えています。しかし、安定した生活を捨ててまで転職起業といった大きなキャリアチェンジに踏み出す勇気を持てないのも事実です。本記事では、このような現代人が抱える仕事幸福に関するジレンマに対し、山口氏が提唱する「経営学」に基づいた合理的なアプローチ、特にポートフォリオ思考を活用した新しい働き方のヒントを探ります。

幸せは意外と「つまらない」という真実

山口氏はまず、「幸せってけっこうつまらない」という逆説的な問いかけをします。冒険にはロマンや危険が伴い、時に怪我や失敗のリスクがある。一方で、安定した幸せな状態は、時として「つまらない」と感じられるのが、人生最大のジレンマかもしれません。ハラハラドキドキするような挑戦への憧れと、安定した現状維持への安心感の間で葛藤する自己成長への欲求は、多くの人が経験するものです。

人生の経営戦略を語る山口周氏人生の経営戦略を語る山口周氏

「二者択一」ではなく「組み合わせる」発想

現状の仕事か、起業転職かという二者択一で考えるのではなく、山口氏が提案するのは「今の仕事を続けながらやりたいことを何でもやってみる」という発想です。彼の知人には、あるコンサルティング会社でマネージャーとして活躍しながら、個人的にイタリア食材のインターネット販売を行う人がいます。彼はイタリアを心から愛し、旅行中に見つけた美味しいワインやチーズを自身のウェブサイトで紹介・販売。今やその副業はイタリアンレストラン御用達となり、本業の収入を上回るほどに成長していると言います。安定した給料とやりがいのあるコンサルティングキャリア、そして不安定ながらも大好きなことによるイタリア食材販売。この二つを両立させることで、双方の仕事が互いに良い影響を与え、充実した働き方を実現しているのです。

リスクとリターンの異なる性質を組み合わせる「ポートフォリオ」思考

複数の仕事や活動を組み合わせる際、重要なのは「リスクとリターンの性質が違うもの」を組み合わせることです。具体的には、「安定的だけれども大化けするリスクのない仕事」と「不安定だけれども大化けするリスクのある仕事」のポートフォリオを構築します。多くの人が「リスク」と聞くと、損失や下方へのブレ(ダウンサイドリスク)ばかりを想像しがちです。しかし、本来リスクとは「不確実性」であり、上方へのブレ(アップサイドリスク)の可能性も同時に含んでいます。ダウンサイドリスクがほとんどなく、アップサイドリスクが大きいものも存在します。その好例が、ピコ太郎氏の「PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)」でしょう。YouTubeへの動画アップロードは、編集時間や機材費といったごくわずかなダウンサイドリスクしかありません。しかし、もし世界中で爆発的にヒットすれば、億単位の収入源となり得る、極めて大きなアップサイドリスクを秘めていたのです。

キャリアの「ポートフォリオ」構築術

ポートフォリオ」という言葉は、企業経営戦略の世界で「投資や取り組みの集合体」として使われ、リスクとリターンのバランスを最適化することを目指します。この考え方は、個人の人生の経営戦略においても同様に適用可能です。山口氏自身も、30代と40代で自身のポートフォリオを大きく変革させてきました。芥川賞作家の磯﨑憲一郎氏も、三井物産で管理職を務めながら趣味で小説を執筆していました。三井物産の管理職という世界でも極めて安定した仕事と、非常にリスクの高い文筆業を組み合わせることで、そのポートフォリオに幅を持たせていたのです。また、アインシュタインも特許庁の役人として安定収入を得ながら、余暇の時間を使って理論物理学の論文を書き、ノーベル賞を受賞しました。安定した仕事があるからこそ、あれほどのクリエイティビティが発揮できたのかもしれません。

まとめ:安定を土台にリスクを取る新たな働き方

本記事では、山口周氏の提唱する人生の経営戦略に基づき、現代人が抱える仕事キャリアのジレンマに対する新たな解決策を探りました。幸福安定状態は時に「つまらない」と感じられるものですが、それは自己成長の機会でもあります。重要なのは、安定冒険かという二者択一ではなく、「どう組み合わせるか」というポートフォリオ思考を持つことです。性質の異なるリスクとリターンを持つ複数の仕事や活動を組み合わせることで、安定を土台にしつつ、大胆な挑戦も可能になります。この戦略は、働き方に多様性と柔軟性をもたらし、自己実現への道を拓くでしょう。

(この記事は『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』を元にした書き下ろしです。)