クマ出没の日常化と深刻な人身被害:個体数管理の重要性と国の対策

近年、日本全国でクマの出没が相次ぎ、人身被害が深刻化しています。2025年7月12日には北海道福島町で新聞配達中の男性がヒグマに襲われ死亡する痛ましい事故が発生しました。このヒグマはDNA鑑定により、4年前に同町で女性を死亡させた個体と同一であることが判明し、地域に大きな衝撃を与えています。現在、北海道庁は福島町を含む複数の地域に「北海道ヒグマ注意報」を発令中です。環境省の速報値によると、2025年7月末時点でツキノワグマによる人身事故は16県で53人に上り、岩手県と長野県ではそれぞれ死者が出ています。クマが人の生活圏に現れることは、もはや異常な現象ではなく、日常的な問題となりつつあります。この背景には何があり、私たちはどのようにこの問題に対処すべきなのでしょうか。本稿では、クマ類による被害防止における個体数管理の重要性と、その実施が抱える課題について深く考察します。

日本の山林に現れるクマ。近年、人里での出没が頻繁に報じられている。日本の山林に現れるクマ。近年、人里での出没が頻繁に報じられている。

クマ大量出没の主要因と現状

ツキノワグマの大量出没の主な要因としては、生息地における堅果類(ドングリなど)の凶作による餌不足が挙げられます。餌の豊凶はクマの出没程度に高い精度で影響するとされており、兵庫県をはじめとする多くの地域でこの関連性が報告されています。近年では、夏の果実の不作が夏季の出没を招いていることも明らかになっています。

しかし、近年見られる出没頻度と規模の増加は、単なる餌の豊凶だけでなく、クマ類の分布域と生息数の増加も大きく影響していると考えられています(哺乳類学会2024、日本クマネットワーク2024)。里山の高林齢化や耕作放棄地の増加により、人里に近い場所がクマにとって好適な生息地となりつつあることも、出没増加の一因です。

個体数増加と人身被害の相関関係

2009年から2023年までのツキノワグマの出没件数、許可捕獲数、人身死傷者数の関係を見ると(図1)、出没件数の増加に伴い、許可捕獲数と人身死傷者数も直線的に増加していることが分かります(図2、3)。特に、人との軋轢を示す許可捕獲数(駆除数)と人身死傷者数との間には高い相関関係(r = 0.8943, P < 0.001)が認められ(図4)、東北5県でも同様の傾向が報告されています(日本クマネットワーク2024)。このことから、ツキノワグマの個体数増加が出没件数の増加を招き、結果として許可捕獲数と人身被害が急増したと推測されます。

ヒグマに関しても、1966年に導入された春グマ駆除の進行に伴い許可捕獲数と死傷者数が減少し、個体群回復のために1990年に春グマ駆除が廃止された後には増加傾向が見られます(図5、哺乳類学会2024)。2023年にはツキノワグマの許可捕獲数が7858頭、死傷者数が210人、ヒグマでは許可捕獲数が1684頭、2021年には死傷者数が14人となり、いずれも過去最高記録を更新しました。

国の対策と今後の課題

政府はクマ類による被害対策を強化するため、2024年4月に四国のツキノワグマ個体群を除くクマ類を「指定管理鳥獣」に指定しました。これにより、都道府県が実施する計画的な捕獲や生息状況調査などが国の交付金の対象となり、各地域の対策が財政的に支援されることになりました。さらに、2025年4月には鳥獣保護管理法が改正され、同年9月1日には「緊急銃猟制度」が施行されます。この制度により、人の日常生活圏にクマやイノシシが出没した場合、一定の条件を満たせば市町村長の判断で銃器による捕獲等が可能となり、より迅速な対応が期待されます。

しかし、対策の基本的な考え方である人とクマ類の生息域を区分する「ゾーニング」や、維持すべき個体数水準を定めて個体群管理を実施している都道府県は、現在兵庫県に限られています。クマ類の大量出没が日常と化した今、国や地方自治体は、これらの制度を実効性のあるものとし、地域の実情に応じた柔軟かつ計画的な個体数管理を全国で展開していく必要があります。

結論

北海道福島町での痛ましいヒグマによる死亡事故や、全国で相次ぐ人身被害は、クマ出没問題が看過できない喫緊の課題であることを改めて示しています。餌の凶作や生息環境の変化に加え、クマ類の個体数増加が人里への出没増加と人身被害の深刻化を招いていることは明らかです。国の「指定管理鳥獣」制度や「緊急銃猟制度」の創設は重要な一歩ですが、その実効性を高めるためには、各都道府県が「ゾーニング」に基づいた個体群管理を積極的に導入し、科学的知見に基づいた計画的な捕獲と生息状況の把握を継続することが不可欠です。私たち人間とクマ類が共存できる社会を目指し、生態系と地域住民の安全に配慮した長期的な視点での管理体制の確立が今、強く求められています。


参考文献

  • 環境省 (2025年7月末時点速報値) ツキノワグマによる人身事故件数に関する報告
  • 哺乳類学会 (2024) 『今後のクマ類の管理に関する意見書の提出について』
  • 日本クマネットワーク (2024) 『2023年度のクマ大量出没と人身被害 〜その実態と背景・今後に向けた課題〜 報告書』
  • 米田政明 (2007) 『ツキノワグマ保護管理の課題-教訓を活かす JBN緊急クマシンポジウム&ワークショップ報告書―2006年ツキノワグマ大量出没の総括とJBNからの提言』