5月下旬、小泉進次郎氏が農林水産大臣に就任してわずか3日後、「6月の頭には備蓄米を5キロ2000円台で店頭に並べたい」と大胆に宣言し、世間を驚かせました。通常、米の売り渡しは一般競争入札が原則ですが、小売業者との随意契約を打ち出したことも注目されました。米価に留まらず、参議院選が迫る中、小泉大臣は米の出来を示す「作況指数」の公表廃止や、農協の概算金(仮払い方式)から「買取方式」への転換を求めるなど、農協が抱える問題に次々と踏み込んでいきました。さらに、JA全中(全国農業協同組合中央会)に対して「東京のど真ん中に農協がビルを持つ必要はあるのか」と批判し、高価な農業機械をリースに切り替えるべきだと発言するなど、まるで令和の「農協改革」が本格的に始まったかのような雰囲気が漂いました。
しかし、その一方で永田町では「強気の発言ができるのもせいぜい参議院選までだろう」という冷めた声も聞かれました。実際のところ、農協改革は一筋縄ではいきません。政権が安定していた第2次安倍政権ですら、農協改革を提言しながらも中途半端な結果に終わった経緯があります。現在の自民党政権が不安定な状況下では、その実現はさらに困難を極めるでしょう。
農水省が管理する備蓄米袋に害獣の侵入跡が残る様子
日本農業が抱える深刻な衰退:改革の必要性
では、そもそも農協改革は本当に必要なのでしょうか。その答えは「イエス」です。日本の農業は深刻な衰退に直面しています。20年前には240万人いた基幹的農業従事者(主に自営農業に従事する者)は、現在ではその半分以下に減少し、さらに20年後には30万人にまで減少すると予測されています。農地面積もピーク時から3割減少し、毎年3万ヘクタールもの農地が消滅しています。国産野菜の生産量も減り続け、農林水産省のデータを見れば、日本農業が破綻に向かっていることは明らかです。なぜこれほどまでに衰退してしまったのでしょうか。
2014年、第2次安倍政権で農水大臣を務めた自民党の農林族議員、西川公也氏は、新聞記者の問いに対し「こんなに農業が弱くなったのは一に政治家、二に農業団体、三に官僚の責任だ」と語りました。これは「農協改革」を推進するためのレトリックかもしれませんが、日本の農業が抱える問題の核心を突いていると考えることができます。
「農政トライアングル」の解明:改革を阻む鉄の結束
西川氏が指摘した政治家、農業団体、官僚の三者が互いに利益を共有し、強固な結束を保つ構造は「農政トライアングル」と呼ばれています。この「鉄のトライアングル」は、日本の農政において長年にわたり大きな影響力を行使し、改革の最大の障害となってきました。
具体的に見ていきましょう。農林族議員は、農業団体(農協)のために政策を立案し、便宜を図ります。その見返りとして、農協は選挙の際に農林族議員に組織票を提供します。また、農林族議員は農林水産省のために予算案や法案が国会で円滑に通過するよう協力し、農水省は補助金などの配分において農林族議員の意向を汲み、便宜を図ります。さらに、農水省は農協を保護する立場にあり、農協は退職した官僚(天下り官僚)に役職を提供するなど、相互に利益を供与し合うことで、安定した結束を維持しているのです。このような複雑に絡み合った利益供与の構造が、真の農協改革を極めて困難なものにしている根本的な原因であると考えられます。
結論
小泉進次郎農水相の意欲的な発言と行動は、日本の農協改革への期待を一時的に高めました。しかし、その根底には、長年にわたり日本の農業を支配してきた「農政トライアングル」という強固な構造が存在します。政治家、農業団体、そして官僚が相互に利益を享受し合うこの「鉄のトライアングル」は、過去の政権下でも改革を阻んできた歴史があります。日本の農業が持続的な発展を遂げるためには、この複雑な構造に深く切り込み、真の変革を実現することが不可欠です。小泉氏の試みは、この巨大な壁に挑む第一歩となるかもしれませんが、その道のりは決して平坦ではないでしょう。