北朝鮮による拉致の可能性を排除できない「特定失踪者」の一人、大沢孝司さん(当時27歳)の兄である大沢昭一さん(89)(新潟市西蒲区在住)がこのほど、初の著書『仏像とともに消えた弟』(高木書房)を出版しました。この一冊には、弟の失踪当時の状況、そして半世紀にわたり再会を願って続けてきた活動の全てが克明に記されています。昭一さんは、本書を通じて「この問題に関心を持ってもらうことが、事態の進展に繋がる」と強く訴え、風化が懸念される拉致問題への世論の喚起を目指しています。
佐渡島で仏像とともに消えた弟、半世紀にわたる空白
大沢孝司さんは1974年2月24日の夜、新潟県職員として佐渡島(現・佐渡市)の佐渡農地事務所に勤務していた寮の近くの焼き肉店で夕食を済ませ、帰宅する途中で忽然と姿を消しました。失踪から2日後、勤務先からの連絡を受けた昭一さんはすぐに島に渡り、雪が降り積もる島内を必死に捜索しましたが、孝司さんの行方や失踪の具体的な理由を示す手がかりは一切見つかりませんでした。
特定失踪者大沢孝司さんの帰りを待ち続ける母の姿
著書の中で昭一さんは、孝司さんが焼き肉店で「(ある人から)農地の整備を手伝ってくれと言われた。現場は日本ではないみたいだ」と話していたという証言を指摘しています。この発言は、単なる失踪ではない、拉致の可能性を強く示唆する決定的な根拠の一つとされ、孝司さんが北朝鮮に連れ去られたとの疑念を深めています。さらに昭一さんは、失踪から9年後に孝司さんの戸籍を抹消した際の深い後悔や、特定失踪者問題調査会などの支援者と共に長年続けてきた署名活動といった、地道ながらも継続的な取り組みについても詳細に綴っています。
卒寿を目前に「形に残す」一念発起
これまで昭一さんは、講演会などを通じて直接人々に語りかける対面での情報発信に力を注いできました。しかし、今年卒寿(90歳)を目前に控え、自身の体力の限界を感じるようになったと言います。「私がいつか話せなくなる日が来るかもしれない。本という形で残せば、この問題の記憶を未来に繋ぐことができるのではないか」。この強い一念が、書籍出版への大きな原動力となりました。
特定失踪者問題への関心を訴える著書「仏像とともに消えた弟」を手に、約50年間の苦悩を語る大沢昭一さん
昨年から本格的な制作に取りかかり、新潟市在住のフリーアナウンサー冨高由喜さんが編集協力を担当。また、民間支援団体「特定失踪者問題調査会」(東京)の荒木和博代表が監修を務めるなど、専門家の協力を得ながら約1年半の歳月をかけて出版に漕ぎ着けました。書籍のタイトルは、孝司さんが失踪時に所持していたとみられる「仏像」に焦点を当て、少しでも多くの人々の興味を引き、手に取ってもらえるようにと、支援者とともに熟考して決定されたとのことです。
家族の切なる願い:再会への希望
孝司さんの失踪から51年もの歳月が流れてもなお、昭一さんは弟との再会を諦めていません。著書の中で現在の心境を「家族が団らんする居間で、孝司が帰ってきた時に皆で寝転んでくつろぐのが私の夢」と切々と綴っています。これは、特定失踪者家族全員が抱く共通の、そして最も切なる願いを代弁する言葉です。
昭一さんの今回の著書は、大沢孝司さんのケースを通して、未解決の特定失踪者問題、ひいては北朝鮮による日本人拉致問題全体に対する世間の関心を再び高め、政府や関係機関のさらなる具体的な行動を促すための重要な一歩となるでしょう。多くの人々がこの悲劇に目を向け、解決に向けた動きが加速することが期待されています。
参考文献
- 北朝鮮に拉致された可能性を排除できない「特定失踪者」の大沢孝司さん…兄・昭一さんが初の著書 (読売新聞オンラインより)